女性ハードロックバンド「SHOW-YA」がこのほど日刊スポーツの取材に応じ、8月30日に東京・浅草花劇場で開催するデビュー日前日ライブ「青春とはなんだ!」についてや40年の歴史を振り返った。【川田和博】

-1つのバンドを40年続けるのは本当に大変なことだと思います。昨年9月、寺田さんにインタビューした時、寺田さんが脱退された時の話をお聞きしました。今回、寺田さんがやめると言い出した時、メンバーの皆さんがどう思ったのかをぜひお聞きしたいです

中村美紀 「うそだろう」という感じは覚えていますけど…。あの時のことは、もちろんすごく衝撃だったし、覚えているけど、どんな気持ちだったのかは、嫌な気持ちは忘れようとする性格なので、リアルに思い出せない。それくらいショックな出来事ではあった。でも、あの時はもう進んでいくしかなかったんです。すごく後になってから、「あの時、恵子にも話を聞いてあげればよかった」とか、いろいろ思ったりもするけど、あの時は受け入て進んでいくしかなかったんです。

角田美喜 あの時のことを時々聞かれるのですが、、もう脂が乗り切っていた時代だったし、自分たちでも手応えがあった時期だったので、やっぱりびっくりでしたし、本当にさみしいなって。純粋にもう恵子がいなくなっちゃうのがさみしいという気持ちが、正直なところでした。

仙波さとみ あの頃はとにかく忙しかったんです。それぞれがいろいろと思うところがあった時期でした。だから「やめる」って聞いたときは“寝耳に水”というわけでもなかったんです。でも、ミッタン(角田)も言ったように、本当に脂が乗ってきて、まだまだこれからっていうところだったので、やっぱりびっくりでした。

五十嵐美貴 私はSHOW-YAに加入するまで約1年、断っていたんですよ。それを説得したのが何を隠そうこの方(寺田)なんです。それでSHOW-YAをやってきて、誰1人抜けないで長くできるのはこのメンバーでが、やっぱり理想だと思うんです。だから、すごくショックだった。ただ、先ほど言ったように、もうだいぶその兆候があったので…。ただね、その連絡が来たのが恵子じゃなかったのが1番のショックでした。

寺田 そこは言わせて欲しいな…

-ぜひ、お願いします

寺田 私は止められたんです。「自分で言う」と言ったら。

五十嵐 でもやっぱりバンドとしては、特に私は恵子に誘われて、断っていたのに入ったから。今まで言わなかったんだけど、私の中で一番ショックだったのは、連絡が恵子から来なかったことなんです。

寺田 それは、私は止められていて…。いついつまではメンバーがライブをやってるから、それまでは内緒にしておいて、そのライブが終わったらって言われていたから我慢していたんです。でも、その前にみんなから電話がきたから、私もびっくりしたんだよ。

中村 (止めたのは)社長でしょう。

寺田 (頷いて)「うそでしょう」って。私、「自分から言いいたい」って言ったのにって…。

五十嵐 SHOW-YA自体もこれからという時だったから、すごく大変だけど先に進もうっていうのを4人で決めた。

-社長の采配ミスですかね…

寺田 そうです!(笑い)。まあ私しては、どのみちやめる人間だし、みんなに対してひどいことをするわけじゃないですか。だから私が言おうが、社長が言おうが同じことだと思うんだけど、でもやっぱりメンバーから「私から聞きたかった」と言われると、「私も言いたかった」というのはあるな。

-寺田さんに脱退の兆候があったと言っていましたが、それをメンバーに相談をしなかったことについては、皆さんはどう思いましたか

中村 うちのバンドって、それぞれがすごく悩んでいたことはあると思うんだけど、「自分で解決しろ」なんです。そういう相談をお互いにしたことがない。

寺田 そうね。多分したことがない。

中村 それぞれつらいことは絶対にあったと思うんです。本当に忙しかったし。だけど、それは自分で解決しなって、それぞれがそう思っていた。

五十嵐 友だち感覚ではなかった。

中村 友達から始まっていないのもあるかもしれない。

-そうなんですか アマチュア時代からの付き合いで、オーディションとかで集まったわけではないですよね

寺田 そうですね。彼女(中村)がやっていたバンドがあって、そこに私が加入して。

中村 年も4つ離れてたので、「楽器屋さんに紹介してもらったボーカル」という感じだったので、友達として付き合っていたわけではない。

寺田 そうね。全然違うもんね。

中村 他のメンバーもドラムとして、ベースとして、ギターとして入っているので、友だちというのとはちょっと違う。

-そういう意味で言うと、個人的にSHOW-YAは1+1=1ではなく、5にも10にもなるバンドだと思って見ていますが、そういうプロフェッショナルさがその数式の要因かなと感じました。

寺田 でもね、ただ音楽だけの仕事仲間っていうわけでもないんだよね。

中村 それはまた違う。 五十嵐 バンドなので、ある程度は分かっている部分もありつつなんです。

寺田 だから、家族ではないけど、それに近いものがある。細かいことは言わないけど、でもいつも一緒にいるとか、そういう感じかな。

中村 一応、心配はしているんです。でもそれを言う、言わないでいったら、そういう友達関係とは違うんです。

寺田 多分女性バンドの中では異色だと思います。

全員 うん

寺田 例えば、ファッション誌を見てこれがどうとか、そういう話は一切しなかった。どちらかというと、新譜が、楽器が、機材がとかそういう話をしていたから、女性バンドの中ではやっぱりすごい特殊で異色なんじゃないかな。

-そういう硬派な部分が音にも反映されていたいうわけですね

五十嵐 硬派なの?(笑い)。

仙波 なんじゃないの(笑い)。

角田 女性バンドはおしゃべりだけで1時間とかなんだけど、SHOW-YAにはそれがない。

寺田 リハスタに来てなんかしゃべって、そろそろやろうかでちょっと音出すと、またしゃべり始めるんだよねえ。

-そうなんですか

全員 そうなんです。

角田 でも、SHOW-YAはそういうのがないんです。

寺田 本当にキャッキャキャッキャのおしゃべりは一切ない。

-それが音にも現れた

寺田 分かんないけど、でも骨太なのはやっぱりそれは大きいような気がする。(続く)

◆SHOW-YA 寺田恵子(ボーカル=63)、中村美紀(キーボード=66)、角田美喜(ドラム=62)、仙波さとみ(ベース=62)、五十嵐美貴(63)の5人組。1985年(昭60)8月31日、「素敵にダンシング(Coke Is It)」でデビュー。「限界ラバーズ」「私は嵐」などが大ヒットし、87年には女性バンドのみのロックフェス「NAONのYAON」をスタート。91年に寺田が脱退後、ボーカルを代えて活動も98年に解散。05年にオリジナルメンバーで再結成し、現在に至っている。