演歌歌手の松原のぶえ(本名廣原伸恵=ひろはら・のぶえ)さんが13日、都内の病院で亡くなったことが14日、分かった。65歳だった。所属レコード会社が発表した。日本歌謡界は昭和・平成・令和と3つの時代を駆け抜けた歌い手を、また1人失った。

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所属レコード会社は「松原のぶえ(享年65歳)が、2026年9月13日午前5時24分に、都内病院にて永眠いたしました」と伝えた。葬儀は家族と近親者のみの家族葬で執り行うとし、「お別れの会」などの開催は「現在検討中」とした。

関係者によると13日未明に都内のマンションから救急搬送され、同午前5時半ごろに死亡を確認。病死とみられるという。

松原さんは今月10日、自身が作詞した楽曲を提供した歌手大地あきお(47)の、長崎での歌唱イベントにゲスト出演した。大地は日刊スポーツの取材に「すごくお元気で、どこか体調が悪いような様子は全くありませんでした」と振り返り、「来年に向けて意欲的に話をしていたので、お亡くなりになったと知って本当にビックリしました。今でも信じられません」。松原さんは11日までに帰京し、関係者に「大丈夫だったよ」と電話で連絡もしていたという。同イベントが最後のステージとなった。

また、今月上旬には来年1月発売予定の新曲のレコーディングも行っていたという。関係者は「いつもなら5、6回でOKですが、この時は息が続かなかったようで、とても苦労されていました。亡くなったと聞き、体力的にきていたのかもしれない」と明かした。

1979(昭54)年に「おんなの出船」でデビューし、同年の日本レコード大賞で新人賞を受賞。NHK紅白歌合戦には85年の初出場以降、7度出場。日本歌手協会の理事も務め、歌謡界の発展に尽力していた。

私生活では92年に芸能関係者の男性と結婚するも、03年に離婚。また、幼少期から腎臓が弱く、闘病しながらの歌手活動だった。07年から人工透析を開始。09年には実弟から提供された生体腎臓の移植手術を明かした。

17日午後6時からBSフジで放送予定で、7月に収録済みの音楽番組「昭和歌謡パレード」「北島三郎90歳卒寿お祝いSP!」に、北島ファミリーの一員として出演を控え「通天閣の空の下」の歌唱が告知されている。亡くなる直前まで歌い続けた歌手人生だった。

◆松原(まつばら)のぶえ 本名広原伸恵。1961年(昭36)7月18日、大分県生まれ。79年7月「おんなの出船」でデビューし多数の新人賞を受賞。90年「蛍」で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。00年には日本文化振興会の国際芸術文化賞を受賞。自身が講師を務めるカラオケ教室の開催や盲導犬育成チャリティーコンサートなどの社会活動にも貢献していた。