「心よりおわびし、深く反省しています」。全治2カ月の大けがを負った歌舞伎俳優市川海老蔵(33)が7日、退院し、都内で行った会見で計11回も頭を下げ、涙目で謝罪した。
命の危険を感じた海老蔵は、家族の尊さを痛感していた。黒のスーツとネクタイで記者会見し、何度も口にしたのは、ファンや関係者への謝罪だけでなく、家族への思いだった。妻の小林麻央(28)とは、夫婦の絆が深まったと言い、両親には6日の誕生日に「生んでくださってありがとうございます」と感謝を述べたと明かした。同時に反省の言葉も並べたが、自らの挑発行為、暴行は断じて否定した。
海老蔵の冒頭の話
市川海老蔵でございます。初めに、いつも支え、応援してくださっている皆さま。歌舞伎を愛してくださっている皆さま。そして、各関係者の皆さまに大変なご迷惑とご心配をおかけしまして、大変申し訳ございません。深く反省しています。
このたび、世の中の方々をお騒がせしてしまい、心より深くおわびを申し上げます。そのおわびの気持ちをお伝えしたく、会見の場を設けさせていただきました。このたび取りました行動は、社会人として節度を欠いていたことは、十分承知しています。舞台に穴をあけるという、舞台に立つ者として、この上ないご迷惑をおかけしたことを、大変反省しております。
このたびのことは、日ごろの自分のおごりが招いたことと思います。
◆無期限謹慎について
--謹慎となったことに
やはりこのたびのこと、歌舞伎というものに対する、非常に私の浅はかな行動に、当然だと思います。
--市川海老蔵を返上し、歌舞伎をやめるつもりは
今のところ、そのような質問に明確に答えるような状態ではございません。
--謹慎期間は何を
人としてあるべき姿、きちんと生きることを最前提に考え過ごしたいと思います。
◆事件当日について
--自分も暴行したか
そのようなことは一切ございません。
--完全な被害者か
はい。
--なぜ事件は起きた
私も分かりません。
--相手に土下座したか
かなり殴られた記憶がございまして、ひざをついて頭を守るのに精いっぱいなときがありまして、そのときはそう見えたかどうかは分かりません。
--複数の血痕があった。リーダーも鼻血
心当たりはございません。
--自分から飲ませすぎた
初めてその方にお会いした時点から、だいぶ酔っぱらっていらっしゃっていました。
--相手との関係は
もともと知り合いの方ではございません。どなたも面識はございませんでした。初対面?
はい。お酒ですぐに倒れてしまったので、介抱させていただきました。すぐ暴行?
そのように記憶してございます。
--暴行受けた時間は
正確には分かりませんが、私には非常に長く感じました。
--店を出たあとのことについて覚えているのは
本当に、命がかかる問題だったのでございまして、非常に混乱していました。追いかけられたであろうと思いますが、どのように走り、どのように逃げたのか、どうしたのか、はっきり覚えておりません。
--自宅に行く前に病院とか警察とかは
まったく視界に入ってませんでした。
--禁酒はいつ解いたのか、どのくらい飲んだのか、灰皿にお酒を入れた
まず、灰皿にお酒を入れることはしていません。去年の暮れぐらいから、お酒を飲むようになりました。当日は、カクテルを3杯ほどと強いお酒を。シャンパンを1本ほど飲んだ、そのような記憶がございます。はい、強いお酒は別です。テキーラはたしかに、最初にいったお店で飲んだ記憶があります。
--自分から殴ってないのか、抵抗もしていない
(抵抗で相手に手が当たることは)可能性はあると思いますが、記憶はございません。抵抗していたならば、だいぶ殴られた状況だと思います。手を出す余裕はありませんでした。
◆ケガの状態について
--回復具合は
正式な病名ということでよろしいでしょうか。前頭部、左側頭部打撲。左上顎(がく)骨粉砕陥没骨折、及び骨折による三叉(さんさ)神経の知覚障害、上顎洞血腫。左眼球打撲による血膜血腫。2本の前歯の骨折。内臓打撲による血尿。全治まで2カ月間と診断されました。
--顔に違和感は
皆さんがご覧になられる以上に私にはあります。痛みもしびれもございます。これは本当にお医者様が、丹念に神経をこまやかに手術、治療に向かい合っていただきまして、思ったより早く回復してるのではないかと。本当にお医者さまに感謝しております。
--体重は
体重は約3キロやせました。食事はなるべく食べられるときは食べる努力をしていますが、やはり思ったほど体重が回復することはありませんでした。
--「死ぬかと」と思った瞬間は
あの日の夜。暴行を受けた日から…。暴行を受けているとき、逃げている最中。死ぬかと思いました。
◆逮捕状が出た男について
--相手が4週間の診断書を取っているという報道がある
相手の方に関しては、捜査中でございますので、答えることができません。
--殴った人間は何人
正確ではございませんが、何人かに殴られた可能性もございます。
◆病院での生活
--入院中テレビで見ていたか
テレビは拝見したときもありましたが、見ていると心が痛む。そんなことをしていないのにというのもありますし、まずは体を治すことを先決させていただき、テレビを見ることを控えさせていただいています。
--6日の誕生日は
反省をしていました。
--今後お酒は
当分の間、お酒を飲もうという気持ちにはならないと思います。
◆24日に飲酒した経緯
--何人と飲んだのか
当日は、あるお仕事で体を痛めてしまいました。その仕事中で、お世話になっている地方の方が会えないかなぁと言ってくださって。東京にいらっしゃるんですか?
会えないか?
と言われ、その方たちと約束をさせていただきました。たまたまその当日に治療して、調子が良かったのもあって、だらしなさもあって、11時15分に自宅を出ました。(同)30分に着いたときにそこにいらっしゃったのは、僕以外に6名の方がいらっしゃいました。
--なぜ会員制バーで飲酒を
経営している方と知り合いだったから。11階だと記憶しています。普通の知り合いです。
--頭に水をかけたり、言葉で挑発したことは
そのようなことをしたという覚えはございません。
◆暴走族との関係
--暴行したメンバーは過去に飲んでいたことがあるといっているが
僕は初めてと記憶しております。
--お店にタレントはいましたか
いらっしゃったと思いますが、お名前とかここでは申し上げられません。
--だれから暴走族リーダーと紹介されたのか
本人から。非常に怖いなと思い、すぐに離れることはできませんでした。最初は20~30分だったと思います。(身に危険)最初はありませんでした。
◆被害届提出について
--あのときの自分に言いたいことは
出かけるのをやめなさい。
--過去の酒のトラブルは
若いころはたしかにあったと思います。結婚してからは、ほとんどございません。たとえば役者同士で仕事の話をしていて、ああだのこうだの討論したことはありますが。(殴り合いは)ないです。
--「自分は人間国宝になる」と話したという報道があった。酒癖の反省は
まず私は人間国宝ではございません。そのようなことをしゃべることはございません。(野球選手や芸人に絡んだことは)記憶にございません。
--屋上では何の本
精神的なことが書いてある本だと思います。
--被害届を出すまでに3日かかった
非常に怖い思いをしましたので、まずは怖いと。入院した日に警察の方に被害届出しますかと言われ、私はあまり知識がなく、すぐ出すものですか?
と聞いたら、「すぐ」と「しばらく様子を見てから」もありますよと言われ、僕は後者を選びました。事件を認識してからということに従ったのが事実です。
[2010年12月8日8時3分
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