「花と蛇」などの官能小説で知られる作家の団鬼六(だん・おにろく)さん(本名・黒岩幸彦=くろいわ・ゆきひこ)が6日午後2時6分、食道がんのため都内の病院で亡くなった。79歳だった。葬儀・告別式の日取りは今日7日発表予定。喪主は、長男黒岩秀行(くろいわ・ひでゆき)さん。昨年1月に食道がんと告知されたが、手術を拒否し、放射線・投薬治療による闘病生活を送っていた。
団さんは昨年正月にのどに違和感を覚え、診察を受けたところ、食道がんと告知された。妻安紀子さんによると、医師から「ステージ2」で手術を受ければ、5年生存率は60%と告げられたが、団さんは手術を拒否したという。放射線・投薬治療を選び、その後、入退院を繰り返していた。一時退院した今年4月10日に屋形船で隅田川を下りながら、親しい人たちと花見会を行った。しかし、5月2日に容体が悪化し再入院。3日ごろから意識が混濁し、6日午後、家族にみとられて息を引き取った。
安紀子さん
4月の花見会が生前葬のような会になりました。一緒にスカイツリーも見ました。本人とは夏にもう1度、花火を見に隅田川に来ようねと言ってましたが…。がんは肺にも転移して、68キロあった体重が47キロに減り、歩けないほど弱っていました。薬も10種類ぐらい服用していたけれど、薬負けしてしまい、最後はご飯も食べられませんでした。
病魔との最後の闘いの中、団さんは、4月18日には自らのブログに「日本人は決してへこたれない、立派な国民だ」と記していた。終戦直後の思い出に触れながら、東日本大震災から被災地が復興することを願った記述だった。
団さんは、昨年4月に小説雑誌に食道がんであることを公表した。手術を拒否したことを明かした上で「我は死なぬ為(ため)に延命するは望まず。大いに仕事し、大いに楽しみ、生を満喫するために死ぬまで生きることを欲す」と記した。04年から腎不全を患い、当初は人工透析を拒否したことでも話題になった。
関学大出身で、同期に故藤岡琢也さん、高島忠夫がいた。57年に相場師だった父親を題材にした「親子丼」が文芸春秋オール新人杯に入選。純文学を書きながらバー経営に手を出すが失敗し、ポルノ小説を書き始めた。雑誌に連載した「花と蛇」はサディズムとマゾヒズム(SM)を描いて話題を呼び、それまで未開拓だったSM小説の第一人者に。谷ナオミや杉本彩らが主演して映画化もされた。
将棋好きとしても知られ、「将棋ジャーナル」社主を務めた。プロダクション「鬼プロ」を立ち上げてピンク映画を製作して監督をしたり、エッセー執筆など幅広いジャンルで活躍。立川談志の落語立川流の弟子になるなど、芸能界にも多彩な交流を持っていた。昨年11月に出版した自伝エッセー「死んでたまるか」が遺作となった。




