★今年の大型連休の締めくくりに4月29日に挙行された政府主催の「昭和100年記念式典」について触れておきたい。国民の多くが昭和生まれでなくとも、両親や家族が昭和生まれならば、当時の家族のエピソード、歴史、事件や出来事、当時の街並みや社会・文化・流行歌、往時を生きた人たちにはひとりひとりの「昭和」があり、語り継がれたものもあろう。「昭和」と一くくりにしても戦前、戦中、戦後と全く違う色彩の国家がイメージされる。昭和後期から平成にかけて生まれた人たちも昭和生まれの親に育てられたなどの関わりを持てば昭和の文化や生活の延長線上に「昭和」が色濃くあるはずだ。
★その意味で「昭和」を100年でくくることには意味があるかも知れないが、随分と予算と手間をかけたこの式典は天皇皇后両陛下を迎え、首相、衆参両院議長、最高裁長官という三権の長があいさつした。首相・高市早苗は式辞の冒頭「今日この日を昭和の時代を顧み、我が国の伝統や歴史の重みをかみしめながら、将来に思いを致す機会としたいと思います。昭和は戦争、終戦、復興、高度経済成長といった、未曽有の変革を経験した時代でした」としたが、昭和の100年を語る時、昭和・平成・令和の天皇家は切っても切れないと思うが陛下のお言葉はなかった。宮内庁は翌日、「激動と復興の昭和時代」とし「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を伝えることが大切との思いで式典に臨まれた」と陛下の思いを忖度(そんたく)した感想を発表した。政府は式典で陛下の発言を封じたのか。
★一方、式典では昭和を代表する6曲が演奏された。政界関係者が言う。「高市は昭和36年生まれ。一曲目の『上を向いて歩こう』は同年発売。以降の曲は高市の青春時代の曲ばかり。戦前、戦中の曲で誰もが歌える曲はたくさんあるが、これでは『高市の昭和65年式典』だという声も聴かれた」。式辞で高市は「未来は明るい」「日本列島を強く豊かに」と街頭演説張りに訴えて締めたが、昭和の100年はそんな薄っぺらいものではないはずだ。(K)※敬称略


