前回のコラムで書いた参院静岡、山口の2つの補欠選挙が24日、投開票された。新しい首相の就任後、初の補欠選挙はその後の政権運営の勢いを占うという指摘をしたが、岸田文雄首相率いる自民党は「当然2勝」(党関係者)といわれたものの、全勝を取り逃した。政権発足後、初の国政選挙で、10月31日に投開票を迎える衆院選の前哨戦。安倍晋三元首相の地元で保守地盤の山口では勝利したが、野党側が小選挙区でも議席を持つ静岡では、立憲民主党、国民民主党などが推薦した候補に敗れた。

補欠選挙に関する情勢調査では、山口では自民党の優勢が伝えられていたが、静岡では苦戦を指摘するデータも多かった。24日は深夜まで結果が判明しない接戦ではあったが、選挙は結果がすべて。結果的に、自民党は当選した野党候補に5万票近い差をつけられた。自民党が元々議席を持っていた選挙区だけに、票差以上に敗北感は大きい。

自民党内には、1勝1敗イコール五分ということで、今回の敗北の衆院選への影響は最小限にとどまるという声もあるようだ。ただ、衆院選の前哨戦と位置づけられ、「リアル直近の民意」が示された戦いで、首相が選挙期間中を含めて2度、応援に入っての負けだけに、そう穏やかでもなさそうだ。

岸田政権発足から3週間がたったが、いわゆる「ご祝儀ムード」はほとんどない。各社世論調査でも、発足時の支持率が6割を超えた前任者、菅義偉政権より2割ほど低い40%台の調査もあった。第2次安倍政権とは比べようもない。政権発足後の株価上昇という「ご祝儀相場」もなく、株価は下落し3万円台を割り込んだ状態が続き、「岸田売り」という言葉も飛び交った。

首相は衆院選公示後、全国を遊説に飛び回っている。この選挙の結果が、自身の政権運営を左右するため必死な側面もあるだろうが、19日の公示日に北朝鮮が弾道ミサイルを発射した際、国際社会に緊張感が広がる中も、選挙遊説をすぐにはやめなかった。2カ所目を終えて打ち切って東京にとんぼ返りしたが、対応を批判した野党だけでなく自民党内にも首相の判断を疑問視する向きがあったと聞く。この際は、首相だけでなく松野博一官房長官も選挙活動で地元にいて、官邸では官房副長官が対応する事態に。ミサイル発射がなければ問題視される行動ではなかったかもしれないが、常に「有事」を念頭に行動しなければならない官邸ツートップの危機管理意識の現実を露呈する結果になった。

翌20日、熊本・阿蘇山が噴火した際は、首相は前日の反省からか、自身のツイッターで「官邸に『情報連絡室』を設置し、情報収集をしています。状況に変化があれば随時報告が入る体制を取っています」などと投稿しながら、選挙遊説を続けた。幸い噴火に伴う人的被害などはなかったが、SNSで発信するだけでよかったのだろうか。

衆院選公示後の2日間のできごとは、首相にとって「有事」の際の国のリーダーのあり方を、いきなり試されたケースだった。ただ、政界関係者に話を聞くと「首相にどこか危機感が感じられないのが、不思議だ」という声も聞いた。そんな中、結果がその後の政権運営を左右した「ジンクス」もある、補欠選挙での自民敗北。首相もさすがに、穏やかではないのではないだろうか。

首相に対する期待が高まれば「ご祝儀」ムードも高まるはずだが、醸成する環境はまだ整っていないように感じる。衆院選は、いよいよ後半戦だ。野党の党首以上に、首相の一挙手一投足を国民は見ている。【中山知子】