西村康稔経産相(2020年7月22日撮影)
西村康稔経産相(2020年7月22日撮影)

近ごろの永田町は、安倍晋三元首相の銃撃死に端を発した、自民党を中心に与野党と旧統一教会をめぐる関係や、実施をめぐり賛否が対立する安倍氏の国葬問題が話題の中心だ。新型コロナや物価高など、国民生活に直結する深刻なテーマも山積し、「凪(なぎ)」といわれた一時の岸田政権とは様変わりした。

そんな中、物議を醸しているというか、ちょっとした話題になっているのが、西村康稔経産相(59)をめぐり、官僚が作成した、西村氏の出張時の「対応マニュアル」だ。

タイトルは「西村経産大臣出張時の注意点【取扱注意】」で、8月の出張先に合わせて経産省の「福島復興推進グループ」が作成したとなっている。いわば西村氏の「トリセツ」ともいえるこの資料を入手した。涙ぐましいまでの事細かな注意も含まれたトリセツの羅列は、驚くしかない。

西村経産相の出張時における「対応マニュアル」(関係者提供)
西村経産相の出張時における「対応マニュアル」(関係者提供)

注意点は4項目に分かれ<1>車中での対応<2>お土産購入ロジ、<3>ぶら下がり会見での対応<4>帰宅時(駅構内)での対応となっている。<1>では「大臣者に同乗する幹部には手持ち資料を厚めに持たせるとともに、モバイルプリンターの持参は必須」とあり、西村氏の質問に備えて幹部のバックアップ体制を強化するようつづられている。<2>では、西村氏が土産購入の量が多いため「荷物持ち人員が必要」「会計は1人ではなく複数人で」とあり、生もの購入に備えて「保冷剤の購入及び移動車内の冷房は必須」とも。

<3>では、会見での質問を途中で切らないよう求めるほか、<4>では新幹線の駅での西村氏の弁当購入に備えて「弁当購入部隊とサラダ購入部隊の二手に分かれて対応」などの記載も。大臣というより、西村氏という個人に対するトリセツであることが、行間からにじむ。関係者によると、8月下旬ごろ表面化したといい、以来話題になっている。

官僚側が、国会議員とりわけ大臣に対する「トリセツ」ともいえる詳細な対応マニュアルをつくっているケースは、これまでにもさまざまいわれていた。官僚だけでなく、政党職員や秘書…作る人の立場は、さまざまだ。記者も以前、お茶の出し方や種類など、ある議員が機嫌を損ねないための「対応マニュアル」を見たことがあるが、「これも仕事なのだろう」と思うし、気苦労もうかがえた。

官僚の政治家への対応マニュアルをめぐっては、大きな問題になったこともある。新党大地の鈴木宗男参院議員のケースだ。

宗男氏はかつて自民党議員に所属していた衆院議員時代、ロシア政策や外交をはじめ、外務省に強い影響力を持っていた。国政に復帰した後、外務省側が「鈴木宗男衆議院議員からの依頼等に対する対応振り」というタイトルの対応マニュアル(「宗男マニュアル」と呼ばれた)を作成していたことが発覚。宗男氏がその背景について質問主意書を出して、政府に真意や内容をただしたこともあった。

鈴木宗男参院議員(左)と長女の鈴木貴子衆院議員(2020年1月20日撮影)
鈴木宗男参院議員(左)と長女の鈴木貴子衆院議員(2020年1月20日撮影)

この時も、会食などを宗男氏から求められた際の答え方(「上司等と相談した上で、回答させていただきます」ほか)など、事細かく詳細に記されていた。今年6月、参院外交防衛委員会で質問に立った宗男氏が、当時外務副大臣の立場にあった長女の鈴木貴子衆院議員にマニュアルの存在の事実関係を質問。貴子氏が「マニュアルではなく『取扱説明書』と指導いただいた先輩もいる」と皮肉っぽく応じ、ニュースになった。

官僚が政治家対応のマニュアルをつくるのは、責任と向き合う官僚側の防御策の一環でもある。ただ、政界関係者にいわせれば「よほどの時でない限り、ここまで詳細なマニュアルはつくらない」そうだ。「前もって手を打つことで失敗したくない、嫌な思いをしたくないため。役人が萎縮しているあらわれ。ただ、役人を萎縮させるような大臣も、大臣の態度に萎縮する役人も、どっちもどっちのような気がします…」。

永田町や霞が関では、真偽が判断できない「怪文書」はよく飛び交うが、今回のような「大臣マニュアル」が表面化するのは、珍しいそうだ。西村氏は安倍元首相亡き安倍派の次期会長候補の1人で、今回、同じく候補の萩生田光一政調会長から大臣職を引き継いだ。一方、菅内閣の経済再生相時代に新型コロナ政策で、酒の提供をめぐる飲食店対策が一方的として、撤回に追い込まれたことも。会長人事に絡んだ水面下の権力闘争のターゲットになっているとの声がある一方、エリート(灘高から東大、旧通産省出身)ゆえに理想が高く、週刊誌で「パワハラ気質」と報じられたこともある西村氏に対する、官僚の「純粋な叫び」との指摘にも、なんとなくうなずいてしまう。

西村氏は近く「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の閣僚級会合で渡米予定とされている。事務方が「海外出張版マニュアル」まで作成しているなんてことはないだろうが…。【中山知子】