岸田文雄首相に対する「中間評価」の意味合いもあった衆参5つの補欠選挙が4月23日に終わり、自民党の4勝1敗という結果で幕を閉じた。当日、刻々と出る報道各社の出口調査では、この数字に届くかどうか分からない選挙区も複数あったと聞く。僅差でギリギリ勝った選挙区が多く、自民党内で聞いた「中身は悪いが勝ちは勝ちだ」というほど、楽観的に総括できる内容ではなかった。
5つの選挙区で唯一、午後8時の投票締め切りと同時に報道各社が当確を打つ「ゼロ打ち」だったのが、衆院山口4区。昨年の参院選のさなかに銃撃され命を落とした安倍晋三元首相の地盤の後継を選ぶ選挙。思想信条的にも安倍氏に近かった自民党の吉田真次氏(38)が初当選した。当日、吉田氏の選挙事務所で取材したが、事前の情勢調査でも当選は確実視されていたためか、吉田氏は投票締め切りの1時間以上前に事務所に到着し、支援者らとNHKのニュース番組を確認する余裕をみせていた。
吉田氏の後に姿をみせたのが、安倍氏の妻昭恵さんだった。本来は出馬に最も「待望論」があった人だが、自身が主導するような形で吉田氏の擁立にかかわった。新人で、知名度も低かった吉田氏と、文字通り二人三脚の選挙戦だった。安倍氏の選挙では、全国の応援で選挙区になかなか戻れない夫に代わり、選挙区を回っていた。ただ、昭恵さんにとって「主人の最後の選挙」と位置づけた今回は、出陣式で自ら打ち出した「圧倒的な勝利」のため、より精力的に、吉田氏の応援に回ったと聞いた。
午後8時、NHKの選挙速報で吉田氏に当確が出ると、すぐに初当選を祝う場となった。昭恵さんは「正直、ほっとしています。主人には『立派な方が後を継いでくれ当選しました』と伝えたい」と涙ながらに語った。お祝いムードだった事務所も、昭恵さんや吉田氏のあいさつが始まると、すすり泣きの声があちこちで起きた。
万歳やインタビューなど一連の流れが終わると、昭恵さんの周りに報道陣が集まった。安倍氏の逝去後、あまりメディアの前で語る機会はなかった昭恵さんも、ひと仕事やり終えた安堵(あんど)感もあったのだろうか、取材に応じて、選挙戦の総括などについて、答えた。
質疑応答の中では、昭恵さん自身は今後、どうするのかという質問が出た。昭恵さんは「この地域のために、いろんなことができたらと思っています。私なりに徐々に活動を始めたい。見守っていただければ」と話した。すぐに「まだ(安倍氏の)一周忌も済んでいないので…」と述べたが、夫の一周忌を終えた後、本格的に活動を再開させたい思いをにじませた。
具体的にどんな活動を思い描いているのか、たずねてみると「観光客の方を増やせるように、地域の活性化ができたらと。私や主人のこれまでの人脈だったり経験が、地域で生かされるようなことができたらと思っています」と話してくれた。昭恵さんはこれまでも下関市で、ゲストハウスなどの経営に携わっている。安倍氏から吉田氏に継がれた「おひざ元」で、自身の新たな活動を思い描いていることもうかがえた。
ただ、昭恵さんには気が気ではないこともある。当選したばかりの吉田氏の山口4区は、次期衆院選で新3区に組み込まれ、現3区の林芳正外相との候補者調整が始まる。下関は、安倍家系と林家系でそれぞれ支援勢力も分かれる。父親の代から地盤を争ってきた「因縁の地」でもある。
その地を、昭恵さんは今後再開する活動の舞台の1つに見据えているようだ。これからも吉田氏の選挙を支援するのか問われた昭恵さんは「はい、そのつもりです」と即答した。「何も詳しいことは決まってもいない。当選したばかりで、これからだと思う。私が決めることでもない」。安倍氏が率いた安倍派の塩谷立会長代理は、4月27日の派閥総会で「すぐに区割りの問題(の調整)がある」と、述べた。安倍氏の後継・吉田氏と「ポスト岸田」有力候補に挙がる林氏の間の候補者調整は、難航も予想されている。
昭恵さんは選挙戦をきっかけに、ファーストレディー時代に大きな関心を集めたSNSでの発信も本格的に再開した。首相夫人時代には、良くも悪くも動向に大きな関心が集まった。安倍氏亡き後、これまでとはまた違う形での関心が注がれることになるかもしれない。【中山知子】




