参院選で大敗した石破茂首相(自民党総裁)の責任を求め、総裁任期途中での総裁選前倒しを求めて大きく盛り上がっていた自民党内の「石破おろし」の動きは、ここにきて停滞してしまっている。党史上、総裁任期中の前倒しの前例がなく、行うかどうかを決めるだけでも手続きに時間がかかることや、この判断に先立つ参院選総括のタイミングが当初より1週間ずれ込む見通しとなり、「執行部による巧妙な時間稼ぎ」(関係者)と不満の声も出ている。

当の石破首相はといえば、横浜で行われたアフリカ開発会議(TICAD)や、23日の韓国の李在明(イジェミョン)大統領をはじめ各国首脳の来日が相次ぐ環境下にあり、身内から退陣を突きつけられている総理大臣には表向き、見えない。各国首脳の来日日程はもともと以前から決まっているもので、首相はある意味、「石破おろし」が及ばない外交日程に助けられている側面もある。

これまでさまざまな人に取材をしたが、石破首相の続投の意思は依然、かなり固いようだ。過去に4度総裁選に敗れ、5度目に総裁にのぼりつめたこともあり、「ある種の執念のようなものもあるのではないか」との声も聞いた。別の大きな要因として、世論調査での内閣支持率の上昇もある。また別の要因として、昨年の衆院選から続く選挙大敗を引き起こしたのは石破首相自身ではなく、裏金問題の説明不足など自民党の体質だと問題視する世論が、意外と多いことがある。

石破首相はかねて「党内の人気はないが、国民人気はある」と評されてきた。現在も、世論が「最後の頼みの綱」(自民党関係者)となっている。

石破首相が総裁選に立候補するに当たって、初めてインタビューをしたのは、2度目の立候補となった2012年だった。当時は自民党は野党で、野党の総裁を選ぶ戦いだったが、石破首相ら5人が立候補。第1回投票で、他候補を寄せ付けない数の党員票を集め、議員票と合わせてトップとなったのが石破首相だった。しかし、党所属国会議員による決選投票では、再登板を目指した安倍晋三氏に108票対89票で敗れ、総裁の座を逃した。

当時のインタビューで、石破首相は「危機管理屋」を自称し「今、日本全体の危機が起きている。そしてそれを管理しなければならない。今でなければ、出るとは言わなかった」「今は、日本全体の危機を管理しないといけない。自分がやらねばならない時が来てしまったということでしょう」と、立候補の意義を熱く語っていた。

野党転落後、「だれよりも地方を回っている」と述べた石破首相。それが党員の支持にもつながっている、という強い自負を感じた。5人が乱立したことで決選投票に持ち込まれることが当初から濃厚だったが、「今までの総裁選で1回目の得票で1位だった人が負けたのは1回しかないそうです。日本全国の党員の選択を国会議員がひっくり返すということがどういうことか。それは国会議員が考えること」とけん制していた。結局この時は、石破首相は「1回目の得票で1位だった人が負けた」2度目の例となった。

3度目の立候補となった2018年は、時まさに「安倍1強」の時代で、その前の15年総裁選は無投票だったほど。当時の主要派閥が早々と安倍氏の支持を決める中、石破首相はあくまで出馬して安倍氏との議論を行うことにこだわった。この時の世論調査でも、国民の支持は石破首相の方が安倍氏を上回っていたが、結局、議員票も党員票も安倍氏に歯が立たず、石破首相は敗れた。

18年の3度目の総裁選出馬で話を聞いた際には、世論調査で自民党支持層では安倍氏への支持が石破首相を上回るものがあることに話題が及んだ。石破首相は「国民がどう思うかは、大事だと思う。国民と自民党員の意識が乖離(かいり)するのは、いいことではない」と述べていた。いま思えば、党内人気と国民人気の「逆転事象」は、石破首相にとって永遠のテーマになっているのかもしれない。

7月28日、参院選後初めて所属議員が集まり、4時間半にわたる紛糾の中、退陣論も相次いだ両院議員懇談会が行われた。終了後、石破首相は取材に、自身の進退について、報道各社の世論調査で自身の続投を支持する声が多いことを念頭に「国民世論とわが党の考え方が一致することが大事。そういうことも総合的に踏まえ適切に判断したい」と述べた。「おろし」勢力をけん制していたのは明らかだった。

今のところ、出口が見えなくなりつつある「石破おろし」。自民党内では、このゴタゴタが長引けば長引くほど、自民党に対する国民の印象が逆にさらに悪化しやしないかと、懸念する声もある。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)