津波で大きな被害を受けた岩手県大船渡市が、「囲碁の街」に生まれ変わろうとしている。きっかけは同市の観光名所の1つでもある「碁石海岸」。震災から7年、関係者は「碁」を復興の礎にしようと奮闘を続けている。

 地震発生から9カ月後、同海岸のある碁石地区復興まちづくり協議会の大和田東江(とうこう)会長(76)が「地名を生かしたイベントはできないか」と発案。災害復興支援まちづくり支援機構を通じ、囲碁棋士の故木谷実九段を父に持つ、元東京都庁職員の木谷正道氏(70)を紹介してもらった。同氏はNPO法人で防災や被災地支援、囲碁普及に携わっており、日本棋院大船渡支部の金昌治支部長(76)も交えて話し合いを重ねた。そうして14年7月に「第1回碁石海岸囲碁まつり」が実現した。

 翌年には「5月14日(ごいし)を碁石の日にしよう」と署名運動も展開。5000通予定が、市内外から1万通以上の署名を集め、16年6月の市議会で可決された。碁石海岸の近くにある中森熊野神社には石の碁盤を奉納し、「囲碁神社」とした。同神社の志田隆人宮司(50)は、これを機に囲碁を覚えたという。市民の理解を得て、小学校の放課後学童クラブでも囲碁教室を開催するようになった。

 今年2月には、初めて囲碁最高峰のタイトル戦「棋聖戦」の招致にも成功した。国民栄誉賞を受賞した井山裕太棋聖と一力遼挑戦者を迎えるに当たっては、大船渡高吹奏楽部が演奏し、学童クラブの小学生らが出迎えた。市を挙げての歓迎ぶりに、井山から「感動しました」とのメッセージを送っている。

 「一過性でなく、地元の人たちの協力を得て、毎年新たなアイデアを出し合った積み重ね」と木谷氏。戸田公明大船渡市長(68)も「囲碁に携わった方々の思いの強さに敬意を表したい」。19年本因坊戦、20年名人戦と、タイトル戦の招致にも立候補する予定だ。「碁石」という地名が持った新たな絆が、さらに広がりを見せようとしている。【赤塚辰浩】

 ◆碁石海岸 大船渡市にある末崎半島東南端にある海岸線。同市によると、その中にある碁石浜や大浜にある小石が、波に削られて丸くなり囲碁の碁石のような形をしていることから名付けられたとされる。東日本大震災では、最大17メートルの津波が押し寄せた。