東京都千代田区の名画座、神保町シアターで11日、特集上映「1964年の映画-東京オリンピックがやってきた『あの頃』」がスタートした。前回の東京オリンピック(五輪)が開催された年に公開された映画を連続上映する。吉永小百合主演で大ヒットした「愛と死をみつめて」、歌手の故三波春夫さんが出演した「東京五輪音頭」など16作品。初の五輪開催に沸き立つ日本や東京の様子、当時の世相などがスクリーンから伝わってくる。

 今回上映されるラインアップを見ると、高度成長や五輪景気を背景にした明るい作品がある一方で、売春や殺人、家庭崩壊などをテーマにしたシリアスな作品も多い。

 神保町シアターの佐藤奈穂子支配人(42)は「64年を調べてみると、明るい映画は決して多くありませんでした。沸き立つ世間とは逆に、五輪を契機に戦後日本を見つめ直そうとした映画人も多かったのではないでしょうか」と言う。

 明るい映画の代表格は十朱幸代主演の「東京五輪音頭」だ。建設中の国立競技場、駒沢総合運動場などでロケが行われ、完成したばかりの首都高速を車で走るシーンも。東京五輪テーマ曲をモチーフにした歌謡映画で、曲を歌った三波さんも築地のすし職人役で出演。五輪開幕の1カ月前に公開された。

 主人公の女子高生(十朱)は競泳で五輪出場を目指しているが、祖父の猛反対で強化合宿に参加できない。その祖父を、三波さん演じる職人が説得する。「日本の名誉のため、戦争で負けた日本人が何とかしてここ一番と、息子や娘を送り出しているんだ」。敗戦から20年足らずで五輪を開催。当時の人々の誇らしさと意気込みが伝わってくる。

 ミュージカル映画「君も出世ができる」も、五輪景気に沸く東京を舞台にした作品。急増する外国人観光客の争奪戦を繰り広げるモーレツサラリーマンを描いた和製ミュージカル映画の傑作だ。

 一方、桑野みゆき主演「夜の片鱗」は、東京の町工場で働く女性が、ほれた男に陥れられて売春に手を染めるという物語。五輪景気でにぎわう歓楽街の片隅で繰り広げられる悲劇を描いた。

 「肉体の門」「月曜日のユカ」「裸の重役」「悪女」など、売春婦や性に奔放な女性が登場する映画は多い。佐藤支配人は「赤線が5年前に廃止され、好景気の下で日本の性風俗が大きく変わりつつあった。そんな時代背景も関係しているのでは」と推測する。

 吉永小百合が病魔と闘う女性を演じた「愛と死をみつめて」にも建設中の高速道路が映っている。佐藤支配人は「どの映画にも五輪の匂いが漂っている。64年の映画だということを意識して見ると、新たな発見があると思います」と話した。

【田口辰男】