ネット上では「アゲアゲさん」と呼ばれ、「将棋ユーチューバー」として活動しながらプロ棋士編入試験に合格した折田翔吾四段(30)が3日、大阪市の関西将棋会館で指された第92期棋聖戦1次予選で、大橋貴洸六段(27)に142手で敗れ、デビュー戦を白星で飾れなかった。

1度はあきらめたプロの舞台。対局前、折田は目を閉じ、背筋を伸ばした。相手の大橋は、現在6連勝中と波に乗る強敵。思いを込めたプロの第1手は7六歩。角道を開けた。

プロの最終関門となる奨励会の三段リーグでは両者は7度対戦し、折田の4勝3敗。ただ、先にプロになったのは大橋だった。折田は三段リーグに5年10期参戦したが、26歳の年齢制限に阻まれ、退会した。

終盤、折田は何度も踏み込んだ。形勢が不利になってもあきらめず、粘り強く指し続けた。

黒星スタートに「戦型は自分のやりたい形には持っていけた。中盤は攻勢が取れたが、時間がなくなってから手が見えなくなってしまった」と課題を口にした。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、将棋のタイトル戦をはじめ、一部の対局が中止・延期となった。東京所属の棋士同士、関西所属の棋士同士の対局は行われたが、1日の対局数を絞るなどの影響で、折田のデビュー戦も6月にずれ込んだ。

コロナ禍で好きなライブにも行けず、外出も控えた。「生活がガラッと変わった。最初は大変だったけど、なんとなくペースをつかめた」。プロになってからも将棋ユーチューバーとして動画をアップしてきた。将棋ユーチューバーとしての活動の幅も広がった。自粛期間中は、オンライン将棋イベントに出演するなどしてきた。

敗れはしたが、熱戦を終えた折田の顔には充足感があった。「こうやってデビュー戦を指すことができて幸せだなと。アマチュアとして指すのとは感覚が違います」。

まさに挫折からよみがえった男の逆転人生だった。折田アマは大阪府出身。小学6年のとき、将棋のインターネット対戦に夢中になり、中学3年のときに棋士養成機関「奨励会」に入った。21歳で三段に昇段。最難関の三段リーグに5年10期参戦したが、年齢制限に阻まれ、退会した。

1度は夢が破れたが、折田アマは好きな将棋にかかわり続けた。転機となったのが、動画共有サイト「ユーチューブ」との出会いだった。将棋講師の仕事をしながら、16年春に「ユーチューブ」にチャンネル名「アゲアゲ将棋実況」を開設した。自身が指すインターネット将棋の実況を中心に、ほぼ毎日、コンテンツを投稿。

現在のチャンネル登録数は約4万人以上、総視聴回数は2100万回以上。「自分も人生で挫折を経験しました。折田さんがあきらめずにやっている姿に勇気をもらいました」。アマチュア時代にはファンからの後押しもあった。

折田は棋士編入試験5番勝負に臨み、2勝1敗で迎えた第4局で本田奎五段(22)を破り、対戦成績3勝1敗で合格した。4月1日付でプロ棋士の四段になった。

丸刈りスタイルと黒ぶち眼鏡がトレードマークだったが、髪を伸ばし始めた。人生における深い「谷」と経験し、あきらめずに立ち向かい、歓喜の「山」を経験した逆転人生。合格したときにこう話した。

「アゲアゲ物語の第1章が終わりです。第2章、3章とストーリー性のあるような棋士になりたい」

プロ第1歩を踏み出した折田は「当面の目標は順位戦に参加する資格を最短記録で狙うこと」。「アゲアゲさん」の第2章が始まった。【松浦隆司】