「空中ディスプレー」技術が脚光を浴びている。光の反射を利用して空中に映像を表示する技術のことで、コロナ禍のなか、非接触型デバイスとして注目を浴びている。ただ、そもそも非接触用途で開発が始まったわけではない。未来SF映画に出てくるような、宙に浮くディスプレーがつくれないか。「再帰反射」という光学の原理を使い、夢を実現した宇都宮大学教授、山本裕紹博士に話を聞いた。

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「空中ディスプレー」はどんな技術で、いつ生まれたのか。始まりは2010年(平22)のことだ。

当時、薄型、大画面を競った地上波デジタルテレビの液晶ディスプレー開発が進み、映画「アバター」の世界的ヒットで、立体画像の3Dテレビも家電量販店の店先を飾るようになっていた。次は何をテーマに研究、開発を進めればいいのか。市場は、どんな次世代ディスプレーを求めているのか。業界に関わる産学全体が「これから」を探していた。

当時、徳島大学で光工学を研究していた山本裕紹博士も「新しい研究テーマはないか」と考えていた。ヒントは、学生の何げない一言にあった。

「映画に出てくるような、宙に浮くディスプレーを作ってみたいです」。映画「スター・ウォーズ」に登場するロボット、R2-D2が投影するホログラムのイメージ。画質の鮮明さや立体映像のリアルさは問題ではない。目の前に映像が浮いていることに価値を見いだそうというわけだ。

研究の試行錯誤を続けていた11年の年末。名古屋市で開かれていたディスプレー技術の国際会議を終え、新幹線で帰路に就く山本博士の脳裏を、あるアイデアがかすめた。

「待てよ。もっと簡単に映像を浮かせることができるかもしれない」

取る物も取りあえず新幹線を降りて、神戸・三ノ宮の雑貨店に駆け込んだ。探していたのは、家の門柱などにはりつけて、車のライトを反射させて事故を防ぐ、いわゆる「リフレクター」(再帰反射板)だ。

再帰反射は、交通標識で広く使われている技術。夜間、車のヘッドライトが当たると、光が跳ね返って標識が視認しやすくなる。この原理を応用して、映像とリフレクターの間に半透明の鏡(ハーフミラー)を置けば、一部が反射して一部は透過する。反射した映像は元の映像に向かって跳ね返り、透過した映像は、その反対側で集束するのではないか。研究室に戻って三ノ宮で買ったリフレクターで実験してみると、ぼんやりと映像が浮き上がった。

「浮いた。浮いた!」。研究室に歓声が広がった。

リフレクターメーカーの日本カーバイド工業(本社・東京)と研究、開発を進め、リフレクターの精度を上げることで、より鮮明な像を浮き上がらせることができた。特殊なめがねも要らず、どの位置から見ても空中の同じ場所に映像が浮かんでいる。新しい技術も機器も不要で、しかも安全かつ大量生産が可能。まさに「コロンブスの卵」的なひらめきから生まれたのが、山本博士の「空中ディスプレー」だった。

現在は複数の科学者、企業が別の技術で空中ディスプレーを実現させている。同市場規模は、2040年には3・5兆円に上るとみられている。空中に広告や案内を浮かべれば、場所を取らず、交通の妨げにもならない。人の動きに反応するカメラやセンサーを使うことで像に触れ、動かすこともできる。車の自動運転技術が進展して、すべての操作を搭載システムが行うようになれば、後ろ向きでも、後部座席にいても、空中ディスプレーでの操作が可能になる。新型コロナウイルスの世界的感染拡大で、銀行のATM、駅の券売機、飲食店など「タッチレス」の需要が広がるとも予想される。

今月24日から、東京・築地の日刊スポーツ東京本社1階で「空中ディスプレー」の社会実証実験が行われる。山本研究室が機材を用意し、日刊スポーツが展示用の紙面や写真などのコンテンツを制作する。山本博士は「テレビの普及が街頭テレビから始まったように、今回の展示が空中ディスプレーの技術を周知し、用途を広げるきっかけになればいいと思います」と話している。

◆山本裕紹(やまもと・ひろつぐ)1971年(昭46)11月、和歌山県生まれ。宇都宮大学教授。専門は光工学。94年、東大工学部卒。徳島大学講師などを経て19年より現職。趣味はマラソン。最近は、走った道筋で文字や絵を描く「お絵かきラン」を楽しんでいる。

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