米国カリフォルニア州を拠点に活躍している木村和士騎手(26)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。現在の心境や今後の目標などについて言及。また、競馬界における「変化」の必要性を訴え、女性騎手や若手の躍動も歓迎した。異国の地での挑戦を続ける日本人ジョッキーの思いとは。【取材、構成=水谷京裕】

◇ ◇ ◇

カリフォルニア州にあるサンタアニタ競馬場でのレース直後。木村騎手は時折息を切らしながら、堂々とした口調でこれからの展望を口にした。

「競馬って馬ありきの仕事なので、毎年運も必要というか、巡り合わせもあります。今はまだ20代なので、いろいろやり終えて30歳、40歳になったらまた考え方も変わってくると思うんですけど、今はこっち(米国)を拠点にして頑張りたいなって感じですね。やっぱりケンタッキーダービーだったり、ブリーダーズカップで勝つことが目標ですね」

振り返れば、常に挑戦の道を歩んできた。

「チャレンジしないと始まらない。(ジョッキーとして)駄目でも英語を習得できたり現地で学べることはあるから、人生のプラスになるかなと思って」

異国の地で才能は開花した。18年にカナダでデビューを果たすと、3年連続リーディングジョッキー&最優秀騎手賞に輝いた。24年からは活躍の舞台をアメリカに移し、25年には北米通算1000勝を達成。着実に地位を確立していった。もちろんその過程には苦労もあったが、北米での日々は充実したものだった。

「競馬が生活の一部じゃないですけど、北米に来てからそんな形になっているので。毎日、毎月、毎年いろいろ楽しんでいたら、あっという間に時が過ぎていったという感じですね。一昨年、昨年とブリーダーズカップに乗させていただくこともありましたし。大きいレースでも勝てるような機会がありました」

チャレンジすることを好んできたからこそ、日本競馬界初の偉業にも大きな関心を寄せる。日本時間5月24日に開催されたオークス。今村聖奈騎手がジュウリョクピエロ(牝3、寺島)に騎乗し、JRA女性騎手としてクラシックレース初騎乗&初制覇。日本競馬の歴史が動いた。

「(競馬界も)変化は必要になってくるかなと。それこそ野球で言ったら大谷翔平がピッチャーやりながらバッターで(プレーしている)とか、スターターでホームラン打ってということが普通に夢物語じゃなくなっているので。競馬界もそうですよね、女性騎手がG1に勝ったりとか、若手世代がどんどん頑張っているのはうれしいことですよね」

競馬界でも大谷翔平のようなインパクトを-。そんな思いが木村騎手のチャレンジ精神をかき立てているのかもしれない。そういう意味ではカリフォルニア州は刺激を受けやすい場所。サンタアニタ競馬場から南西方向に30分ほど車を走らせれば、大谷らが所属している米大リーグ・ドジャースの本拠地、ドジャースタジアムがある。

「なかなか雨が降らない気候なので、天候面ではすごく過ごしやすいなと思います。(オフには)ドジャースタジアムとかでゲーム(試合)を見たり、それこそ大谷選手の登場曲の『Feeling good』は普段よく聞きますね」

そんな温暖な場所で木村騎手は挑戦を続ける。

「自分がやりたいように生活させてもらえてることは本当にうれしいことです。このまま順調にいって、それこそ先ほど言ったようにブリーダーズカップだったり、ケンタッキーダービーも勝てるようになりたいなと思います。それが現実になったらいいなと」

壮大な夢を現実にするために。今日も手綱を握っている。

◆木村和士(きむら・かずし)1999年(平11)9月6日、北海道生まれ。父忠之氏が浦河町で競走馬の育成牧場「NO・9(ナンバーナイン)ホーストレーニングメソド」の代表を務め、幼い頃からポニーにまたがる。JRA競馬学校を中退後に海を渡り、カナダで騎手デビュー。19年に北米競馬(米国、カナダ)の年度表彰「エクリプス賞」で日本人として初めて最優秀見習い騎手賞を受賞。21~23年には3年連続でカナダの最優秀騎手に輝き、24年から米国西海岸に拠点を移した。23年にはマンダリンヒーローとコンビを組み、日本人としては95年武豊騎手以来28年ぶり史上2人目のケンタッキーダービー騎乗を果たした。昨年9月には北米通算1000勝を達成し、これまでに通算1105勝。G1・8勝。身長163センチ、体重48キロ。

○…米国、中南米、欧州出身の騎手たちが激しくしのぎを削る米国競馬にあって、日本生まれの「カズシ・キムラ」の存在感は年々大きくなっている。昨年12月下旬から4月まで続いたサンタアニタ競馬場(ロサンゼルス郊外)の開催では38勝でリーディング3位の好成績を残した。7月17日に開幕したデルマー競馬場(サンディエゴ)の夏開催ではここまで7勝。19日には1日4勝を挙げる活躍を見せ、首位と1勝差でリーディング3位タイにつけている。