いざ、対馬の旅へ。1歩目を踏み出そうと港の自動ドアを開くと、強烈なタバコの煙に襲われた。観光地の文字どおりの「玄関口」に喫煙場所がある、ってどうなの? タバコに縁がない私は、先制パンチを食らったような感覚だった。


これだけで終わらない。あまりの船の揺れに、存在すら忘れていた昼食。ようやく酔いが治まり、港で1人、ボケッとしながらチキンカツサンドを食べる。スマホをいじりながら「こんな時間もいいな~」なんて物思いにふけっていると、チキンカツサンドを持つ手に突然強烈な圧がかかった。愛しのサンドは、上空へ。トンビにやられた。


なんて日だ。安易にマネしたくはないけれど、そう言いたくもなる対馬旅行。レンタカー店の店員さん手作りのガイドブックで、ようやく和む。日韓関係の悪化から、韓国からの対馬訪問客が激減しているという。それでも凹まず、一生懸命仕事をしている人はかっこいい。今さらながらあらためて書くと、対馬からは博多よりも韓国・釜山の方が近い。


「国境の島」の看板が出迎える厳原の街
「国境の島」の看板が出迎える厳原の街

時間は午後3時半。船酔いで疲れたし、このまま宿に向かってもいいけれど、せっかく手作りガイドブックもあるし、1つくらいどこか観光地へ行こうかな。向かったのは金田城跡。対馬は小さな海峡を経て、2つの島に分かれている。厳原がある南側の島の、ほぼ最北端に位置するのが金田城跡。「ヤマネコ注意」の看板と、中国を思わせるような紅葉の山々。ちょっと期待が高まる。


中国を思わせるような山容が特徴的
中国を思わせるような山容が特徴的

どう考えても車がすれ違えない細い山道を2キロほど(?)進み、金田城跡の登山口に着いた。看板には金田城に「かねだじょう」とフリガナが振ってあったものの、ガイドブックには「カナタノキ」となっていた。まぁ、私には大差ない。日没の前に進もう。誰もいない登山道。楽しい。北ならクマ、南ならヘビ。日本の絶景ポイントにはたいてい天敵の恐怖が潜むが、対馬の生態系には両者とも存在しない。それだけでかなり気楽だ。


金田城跡への山道。クマもハブもいない
金田城跡への山道。クマもハブもいない

いるとしても、ツシマヤマネコだし。むしろ会えたらラッキー? なんて思っていたら、いきなり「ニャー」とか聞こえたので、クマでもヘビでもないのに思わずビクッとした。そして「ニャー、ニャー」と続けざまにはっきり聞こえて、どこだどこだと探したら、けっこう目の前にいて驚いた。


山道に突然現れたのはツシマヤマネコ!?
山道に突然現れたのはツシマヤマネコ!?

逃げないし、むしろ寄ってくる。これ、ツシマヤマネコか? 天然記念物にしては大胆じゃないか? スマホ電波は圏外なので確かめようがない。「対馬の山奥でネコに遭遇した」とだけ言っておけば、ツシマヤマネコ遭遇っぽく聞こえるが、普通のネコのような気がしないでもない。下山後すぐに確認したところ、身体の模様が似ていなくもないが、おでこの特徴的な模様はこのネコにはなく、「う~ん」といったところ。


ツシマヤマネコではないかもしれない…
ツシマヤマネコではないかもしれない…

そもそもエサを求めて人間に近寄ってくるなら、他の観光客にも出会っているだろうし、それならすでに保護されているだろう。普通のネコか、もしくはツシマヤマネコとの雑種か。そう判断することにした。


さて、登山は想像以上に長く、日も落ちてきたので「南門」という場所に着いたところで引き返すことにした。金田城跡は飛鳥時代の667年に築城された古代山城。663年の「白村江の戦い」で連合軍に敗れた倭軍が、天智天皇の指示の下、対朝鮮半島への防衛最前線として、この金田城を築いたとされている。


飛鳥時代の山城「金田城跡」の南門
飛鳥時代の山城「金田城跡」の南門

普段は日本史にほぼ興味を示さないが「白村江の戦い」と聞いたら、黙っちゃいられない。昨年12月に全国ロードショーとなった映画「ぼくらの7日間戦争」。これの初代「ぼくらの七日間戦争」(88年公開)での授業シーンに、「白村江の戦い」や、同じく天智天皇にかかわる「壬申の乱」がキャッチーなセリフとして出てくるのだ。


672年、天下取る胸に、壬申の乱! 遠く対馬の山奥で、佐野史郎氏の顔が浮かんだ。【金子真仁】