懐かしい顔を見ることができてうれしかった。東京五輪は侍ジャパンが悲願の金メダルを獲得。阪神からも青柳、岩崎、梅野の3選手が、黄金に輝くメダルを首からかけた。そんな中、個人的に注目していたのが、ドミニカ共和国代表として韓国との3位決定戦にも先発した43歳の左腕バルデスだ。
バルデスは15年から3年間、中日に在籍。その際に担当記者として取材させてもらった。彼の「亡命話」はすでに伝説だった。母国キューバからドミニカ共和国に到着したのは03年1月。5度失敗し、6度目でようやく亡命に成功した。15人乗りの船で5日間も海をさまよったという。30歳を過ぎてからメジャーデビューを果たしたという苦労人だった。
中日のユニホームに袖を通した時はすでにアラフォーで、失礼ながらそこまで期待されてなかったように思う。それがテンポよくボールを投げ込むスタイル、さらに強いメンタルと鋼の体で中4日、中5日の登板を続けた。1年目から22試合に投げて5勝8敗、防御率3・18。なかなか援護に恵まれず友利投手コーチも「あいつにないのは髪の毛と勝ち運」と悔しがっていた。
中4日で投げ続けることが出来る秘密は、1日5本も食べるというバナナ。そして欠かすことがないランニング。黙々と仕事に打ち込む姿は、カッコ良かったし、プロフェッショナルだった。「オレが長袖を着るときは引退するときだ」。試合は半袖がポリシー。ハマスタで力投する姿に、懐かしい言葉を思い出した。【阪神担当=桝井聡】




