1点を争う好ゲームは9回に突入した。龍谷大平安が最後の攻撃に臨む。阪神園芸の甲子園施設部長・金沢健児さん(51)は一塁側ベンチ横で戦況を見つめた。「同点に追いつけば、給水タイムを取るのか、確認しなければ…」。グラウンドキーパーを束ねる立場。試合展開に応じて、段取りは変わる。延長戦なら…、その場合の心づもりをしていた。9回表は3者凡退で終わった。この日の試合はすべて終了。翌日の準々決勝に向け、グラウンド整備に取りかかった。

 今大会から、整備で変わった点がひとつある。9回裏と12回裏の終了後、試合の決着がつかなかった際に大会本部の判断で給水タイムを設ける。この約3分の空き時間に、グラウンド整備を行うことになった。これまでは、試合中の整備は5回裏終了後の1度だけだった。「3分あれば、それなりに整備ができる。イレギュラーは起きるかもしれないが、確率はグンと下がるはず。しないよりは、した方がいい」と金沢さんは言う。

 甲子園大会では、かつて試合中の整備は1度もしない時代があった。1日4試合を消化するために、進行優先。当然、試合終盤になると、グラウンドは荒れる。87年に入社した金沢さんは「当時は選手もそれが当たり前の環境と思っていたと思う。今だと、えっと思うかもしれないが…」と振り返る。プロ野球では3回ごとに整備するため、グラウンド状態は全く違った。それが90年代に入り、5回裏終了時に休憩時間が組み込まれた。審判の体調管理が問題になったためだ。この時間を利用し、整備することになった。そこから1試合1度の整備が長く続いた。

 金沢さんにとって、今でも忘れられない試合がある。88回大会の決勝戦。早実の先発は斎藤佑樹。駒大苫小牧は3回途中から田中将大がリリーフ登板し、球史に残る投手戦を繰り広げた。延長14回裏、先頭打者で斎藤がセカンドにゴロを打った。打球はイレギュラーし、右前へのヒットとなる。「これが決勝点になったら、嫌だな」と思った当時の心境を語る。「選手ががんばって、前に出たのに、最後に打球がはねたら、やっぱり肝を冷やしますよ」。結局、得点にはつながらず、15回引き分け。決勝戦は再試合となった。

 その大会後、9回裏終了時の整備の必要性は議題に上がったが、実現はしなかった。そして今大会から給水タイムが設けられた。「3分間、グラウンドは空になる。それなら、整備に出ますよ」と金沢さんは申し出た。「物理的に考えれば、イレギュラーはする。でも、しないようにと思って、グラウンドを作っている」。12日の済美-星稜戦。13回裏の逆転サヨナラ満塁本塁打に、金沢さんは一瞬、整備の段取りも忘れた。「あれは見入ったな」。イレギュラーによる悲運は味わわせたくない。できるだけ公平な舞台で、勝敗を争ってほしい。そんな思いが根底にある。【田口真一郎】