4月30日に、中日松坂大輔投手が日本球界で12年ぶりの白星を挙げた。その1日前、春季神奈川大会では、母校の横浜が2年ぶり13回目の優勝を飾った。6試合を戦い、わずか2失点。投手陣の奮闘が光った。けん引したのは松坂と同じ横浜の「背番号1」を背負うエース左腕の板川佳矢投手(3年)だ。同投手にとって、この優勝は、苦しんで苦しんで勝ち取ったものだった。
決勝戦で今大会5度目の先発マウンドに立った。6回途中1失点で試合を作ったが、自慢の笑顔より気を引き締める発言ばかりが目立った。
板川 1点取られたことを反省したい。秋に負けた後、投手陣で「春は投手のおかげで勝てた」と言われるように冬の練習をやってきたんです。春は優勝を目指して、全試合完封が目標でした。
昨秋、投手陣は崩壊しかけた。神奈川大会準々決勝で鎌倉学園にコールド負け。先発の及川雅貴投手(2年)が3回途中6失点で、リリーフした板川も流れを止められなかった。4投手で12安打を許し、15四死球を与えた。
「野球のことが1度頭からなくなりました」。板川がショックを受けたのと同様に、チーム全員がやり切れない気持ちを抱えた。試合の2日後、各自が思っていることをノートに書いて平田監督に提出することになった。その後、指揮官と面談が行われ、板川はチームメートが自分をどう思っているかを知らされた。
「責任がない、プレーが軽いと思われていることを知りました」。もともと、ひょうひょうとした性格。先導してくれた先輩たちがいなくなり、引っ張っていく立場に戸惑いもあっただろう。結局エースを剥奪される格好で、メンバー練習を外された。栃木の実家に帰るわけにも行かず、合宿所で「気まずい気持ち」(板川)で過ごした。
「背番号1」を着ける自覚がないことを突きつけられ、真剣に考えた。「練習で、行動で示すしかないと思いました」。後輩の及川が指導者から与えられたメニューを、自分から尋ねた。「悔しいから、及川がやっていたメニューの倍を必ずやるようにしました」。黙々と取り組む姿をみんなが見ていた。「そしたら、みんなが『板川、少しずつ変わってきたじゃん』って言ってくれるようになって。うれしかったです」。
能見台駅近くの学校内にある合宿所から、長浜グラウンドまで歩いて約15分。後輩が試合で投げる日、板川は必ず一緒に歩いて行く。何気ない話をしながら体調や気持ちを和らげる。
板川 コンディショニング作りは、藤平(尚真=楽天)さんとかに自分が1番教わっている。だから、負けたら自分のせい。守り勝つ。関東大会は0点で抑えたいです
笑顔のかわいい、身長170センチちょっとの左腕が、ひと冬越えて本当に大きく見えた。松坂先輩のように、みんなに信頼されるエースに近づいた。【和田美保】





