防戦一方の試合を見ながら仰木彬を思い浮かべていた。4月29日は仰木の誕生日。昭和天皇と同じと話題にすると「そんな偉い人と同じだからって何を言えって言うんや」などと苦笑していた表情が浮かぶ。

亡くなって15年が過ぎた。「イチローの恩師」といっても、その存在を知らない人も増えただろうが実績はもちろん、多くの特徴から球史に残る人物だ。酒豪だったのもその1つで、こんな思い出がある。

担当記者と食事したり飲んだりするのが好きだった仰木。いつものようにテーブルを囲んだその夜、めずらしく言った。「ちょっと調子がよくないんでな。きょうは酒はやめとく」。

そんなことがあるのかと驚くと「たまにはな」と笑顔で食事を始めた。だが右手にはビールの入ったグラスを持っている。どういうジョークかと思い「お酒、飲まないと言ってませんでしたか?」と聞いた。

すると仰木は何を言っているんだという顔でボソリ。「ん? これはビールやないか?」。

仰木を一躍有名にしたのは言うまでもない「10・19」だ。88年、悲願の優勝を目指した仰木率いる近鉄。ロッテを相手に川崎球場でのダブルヘッダー連勝が条件という10月19日を迎えた。第1戦は勝利。第2戦も終盤に1点リードし、抑えにエース阿波野秀幸を投入した。説明するまでもないが現在の中日投手コーチである。

しかし阿波野はロッテの主砲・高沢秀昭に同点弾を許し、試合は引き分け。近鉄は優勝を逃した。そのとき肩を落とす阿波野に対して仰木が言ったとされるセリフが有名だ。

「阿波野、いいか。野球は負けたり勝ったりだ。だけど負けたり負けたりにはなるな」。この「野球」の部分は「人生」だったという話もあるが、初めて聞いたとき、いかにも仰木らしい言葉だと納得した。

阪神は苦手のバンテリンドームで中日に連敗を喫した。打線が中盤まで沈黙し、自慢の救援陣の一角・岩貞祐太が誤算だった。今季、ワーストに近い試合かもしれない。

しかし当たり前だが全試合に勝てるはずはない。優勝チームでも4割近く負けるのがプロ野球だ。仰木が言ったように「負けたり負けたり」がいけない。今季ここまでカード全敗はない。ここは連敗で止め、甲子園に戻ることが重要だ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

中日対阪神5回戦 8回裏中日1死、大島洋平に中前打を打たれた岩貞祐太(左から3人目)の元に集まる阪神内野陣(撮影・上山淳一)
中日対阪神5回戦 8回裏中日1死、大島洋平に中前打を打たれた岩貞祐太(左から3人目)の元に集まる阪神内野陣(撮影・上山淳一)