今季限りで現役を引退する巨人岩隈久志投手(39)が23日、東京ドームで記者会見を行った。

一問一答は以下の通り。

-原監督に引退を相談した時に掛けられた言葉は

岩隈 原監督からもねぎらいの言葉をいただいて、本当に感謝の思いでいっぱいなんですけど。最後、監督との話し合いの中で監督は最後の最後まであきらめずに、日本シリーズの舞台で投げさせたいんだという思いまで伝えてくださったんですけど、僕もやりきる中で、監督の話にもありましたように肩の脱臼をしてしまいまして、体力の限界を感じた1球だったと振り返りながらも、日本シリーズまでに間に合いそうかという話にもなったんですけど、僕もこれ以上はチームに迷惑をかけられない部分もありましたので、引退を決断します、と。

 

-どのくらいたってか

岩隈 1週間はしっかり考えて、その中でもリハビリをしながらというのもあったんですけど、監督との話し合いの日にちが決まった時には、僕自身も引退を決めさせていただきました。

 

-決断理由は肩の状態か

岩隈 肩を脱臼してしまったのが一番大きかったと思います。ジャイアンツにとっていただいて、何とかしていきたいという。今年に懸ける思いというのは、もちろんダメだったら引退だし、それよりもとにかく1軍で投げることを考えて戦わせてもらったので、自分の中でも悔いなくやれたのかなと思います。

 

-会見を迎えた心境は

岩隈 本当に感謝という一言に尽きます。たくさんの方々に支えてもらって、1つ1つ成長させてもらったなと思ってるので、引退を決めてからこの日を迎えるまで、毎日感謝の気持ちを持ちながら、過ごさせてもらった。応援していただいたファンの方であったり、家族の支えであったり、僕と携わってくれた方々に感謝したいなという思いがあります。

 

-思い出に残る試合は

岩隈 本当にたくさんのドラマがあったというふうに思います。1つとは言えないくらいあるんですけど。1つは球界の再編問題で僕が楽天に移籍して、その開幕投手をさせてもらって、第1試合目で記念すべき1勝を挙げた時もありますし、2011年の東北での大震災の時にも、開幕投手をさせてもらったんですけど、あの時は開幕投手は決まってなかったですけど、震災で開幕が遅れて、4月12日に星野監督に「開幕投手をお前がやってくれ」と言われた時に、この時はWBCの決勝で投げる時よりも、東北でみんなが苦しんで戦っているところを任されたことに関して、みんなで前進して進むんだという思いがあったので、その1試合に関してはすごく緊張して、その試合をみんなで勝ったことが楽天の時の思い出でもあります。たくさんあるんですけど、WBCの優勝。あの時も原監督に信頼してもらって、投げさせてもらったマウンドだった。WBCの大会では僕自身楽しもうと思ってやらせてもらって、優勝できたのはすごくうれしかったです。そして、メジャーリーグでも、オールスターに出場できたり、2015年にノーヒットノーランを達成できた。数々の試合が印象に残っています。

 

-21年のプロ人生は

岩隈 僕1人が戦ってるんじゃなくて、1つ1つ自分の中でテーマを決めて、戦ってきたなという思いがあります。その中でも僕は「絆」というテーマを作って、やってきて、チームとの絆、選手との絆、家族との絆、そしてファンとの絆という思いで戦って、恩返しの戦いだとマウンドに上がらせてもらったこともある。また、メジャーリーグに挑戦する時は「希望」をテーマにさせていただいて、震災後にメジャーに挑戦させてもらったので、東北のみなさんとの絆をとぎれさせたくなかった。メジャーの舞台で希望の光を届けられればいいなという思いでやらせてもらった。家族とも「感謝、感謝の戦いだねと。恩返ししていこう」と話をした。その中で一番近くで家族に支えてもらって、一緒になって戦ってくれたので、感謝の思いでいっぱいです。

 

-第2の人生のビジョンは

岩隈 今の時点では本当に何も決まってなくて、この場に、今日ここにくるまで感謝の思いでいっぱいだなと思いながら、今日を迎えた。ひとまず、ゆっくりしたいなという部分がありますし、いずれは野球の伝道師であれるような存在でありたいなと思います。

 

-ファンへ

岩隈 本当に21年間、たくさんの応援をしていただきまして、感謝しかありません。ファンとの絆であったり、そういったもので戦わせてもらって、僕自身が1つ1つ成長させてもらった。今後の人生でも、感謝の気持ちを忘れずに過ごしていきたいなと思います。