運命をたぐり寄せた。8年ぶりに楽天へ復帰する田中将大投手(32)が30日、都内で入団会見を行った。東日本大震災から10年の節目に縁を感じ、自らを育んでくれた東北へ戻ることを決断。2年契約も今季終了後に球団との話し合いを設ける予定。来季の米国再復帰も選択肢に残し、日本一に輝いた13年の再現へ、腹を決めた。晴れの日に背番号18を披露。ファンが待ちこがれた「楽天のマー君」が、動きだした。

   ◇   ◇   ◇

心に、スイッチを入れた。マイクを握り、息を短く、強く吐く。一段と目力を増した田中将が、楽天復帰への決断理由を口にした。「震災から10年という年で、初めてチームを選べる立場になった。10年という数字は自分にとって意味のあるタイミングじゃないかと思ったので、今回のこのような決断に至りました」。

悩みに、悩んだ。東北に歓喜をもたらした13年。ポスティングシステムを利用し、腹をくくって海を渡った。7年間、ピンストライプのユニホームに袖を通し、積み上げた白星は78。酸いも甘いもかみしめた、名門への愛着は強い。「FAになった瞬間、正直な話、ヤンキースと再契約してプレーしたい気持ちがあった。でもかなり早い段階で代理人を通じて、これはもう別々の道を歩んでいかないといけないんだなと感じました」。

何が何でもほしかった世界一の証しは、つかめていない。「事実としてワールドシリーズに出て、チャンピオンリングを手にしてない。当初そこを目標にしてずっとプレーしてきていたので、やはりやり残した部分だとは思っています。7年間、向こうでプレーしたことをものすごく評価していただき、大きなオファーもありました」。

扉は閉ざさない。球界最高年俸9億円プラス出来高で2年契約を結んだが、今季終了後には球団側と話し合いを持つ予定。「まだアメリカでやり残したことがある。自分の中での選択肢、オプションは完全に捨て去りたくはなかった」と1年での米復帰プランも残す。「悩んで悩んで悩み抜きましたが、一番はどういう野球をしたいのか、どういう環境の中で野球をしたいのか。イーグルスでプレーして、また日本の方々の前で投げる。そこを上回るものは最後までなかった」。

渡米後も毎年欠かすことなく、仙台へ帰った。米国でも、士気を上げるために登板前に見るビデオには13年の日本一の瞬間を必ず盛り込んだ。「晩年ではなくて、いいタイミングで日本でバリバリ投げたいという気持ちはあった」と自らを育んだ東北の地へ恩返しの時をうかがい、かなった。7年の間に恩師の野村克也氏、星野仙一氏は天国へ旅立った。「また帰ってきましたと。シーズン後には日本一になりましたというご報告をすることができたら」。

海を渡った時のように、再び腹をくくった。「決して腰掛けなどではなく、本気で日本一をとりにいきたい、イーグルスでプレーしたいと心から思っての決断。生半可な気持ちではどこの世界でも成功することはできない。7年離れていたので、成長した姿をお見せすることができたら」。迷いはない。【桑原幹久】

▽楽天立花球団社長兼オーナー代行 田中投手が最終的には入団を決意してくれたことに感謝したいと思います。東北、仙台、全国のファンの方の声が届いたのかなと思っています。いろんな縁を個人的には感じつつも、何とかここから優勝してファンの方にも恩返しをしたいなと思います。

◆田中将大(たなか・まさひろ)1988年(昭63)11月1日、兵庫県生まれ。駒大苫小牧2年夏に甲子園優勝。3年夏は斎藤(早実=現日本ハム)と投げ合い決勝再試合の末、準優勝。06年高校生ドラフト1巡目で楽天入団。13年はプロ野球新記録の開幕24連勝をマークし楽天を初の日本一に導いた。同年オフにポスティングシステムでヤンキース移籍。大リーグ通算7年で78勝を挙げた。08年北京五輪、09、13年WBC日本代表。188センチ、93キロ。右投げ右打ち。夫人はタレントの里田まい。

楽天ニュース一覧はこちら>