打球がセンターへ抜ける。一塁へ走りながら、左こぶしに自然と力が入った。

白い歯が見える。隠せるはずもない感情。西武の西川愛也外野手(23)がついにヒットを打った。

「いや、もう、ほんとにうれしかったですね。やっとや~って」

987日ぶり、63打席ぶり。「いやぁ、なんか、見る景色に色がつきました。やっと。灰色が、ちゃんとした色が見えるように」。かすみが晴れる。「枷(かせ)があったという感じはありましたね」。プロ初安打はとうに打っているものの「0が1になったような感覚」と続けた。

当然、不名誉な記録は知っている。59打席連続無安打。試合前、長い階段を上り、白い歯を見せながら「僕が一番理解してます」と向き合った。

安打が出ない。正面を突く。力ない外野フライが飛ぶ。悪循環。「ケガもいっぱいしましたし、もう、なんか、ほんと、クビになるんじゃないかって考えてる時もあったので」。花咲徳栄(埼玉)を甲子園優勝に導いたバットマンも、プロ野球の1軍で苦しんだ。

この日もそうだった。第1打席、楽天のルーキー荘司に追い込まれた。

「あぁ、終わった…みたいな。追い込まれて、あ、やべぇ、しかなかったです」

バウンドするフォークを空振り三振し、60打席連続無安打の日本プロ野球ワースト記録を作った。

ただ、もちろんこの1打席で今季が終わったわけではない。前夜、このオフに師事した山川穂高内野手(31)にも「めっちゃ頑張っても普通でやっても結果は変わらんから。普通にやれ」と言われた。

試合前の円陣で、サッカー本田圭佑のマネをし、仲間を笑わせた。これまでも勝利へのげんかつぎで任されたことがある。必死にやってきたことを、続けてやってきたことを、普通に。「割り切って、切り替えて」。その先に、ついに「H」ランプがともった。

「めっちゃ、しんどかったです」

ちょっと声が小さくなる。2年間、苦しんだ。甲子園優勝の勲章など、最初から「過去のこと」としか考えていない。夢見た世界で成功するために、ひたすらにトンネルの出口を探し続けた。仲間やファンの前では、元気に笑いながら。根は真面目なのに、時に道化を演じながら。

62打席連続無安打。日本プロ野球のワースト記録として、西川愛也の名が刻まれる。

「ここから頑張って活躍しまくって、笑い話にできるように。そんなこともあったな~って」

いつか、しみじみと-。ただ、まだ先の未来をすぐに想像できるほど、1本のヒットが引き起こした感情は軽くない。思い出す数々の苦しみ。支えてくれた人たちへの感謝が湧き出る。タオルで顔を隠した。目元にずらす。

「…すみません」

1、2、3、4、5度。のどぼとけが動く。タオルを外した笑顔に向けて、あふれる感情のことをぶしつけに尋ねた。

「打てない時も、何度も泣いてましたよ」

涙声で笑った。縛り付けるものはもうない。打つだけ、駆け回るだけ。

「これからどんどん試合に出て、ヒットを打って、いい選手になれるように」

5年間苦しんでも、まだ23歳。輝きわたる青春は、ここからだ。【金子真仁】

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