プロ野球担当になって間もない頃、先輩記者から軽くお叱りを受けた。

「『エース』という言葉を簡単に記事で使うな」

もう十何年も前の話。当時は「そんなものか」と訳も分からずうなずく程度だったけれど、今なら理解できる。「エース」は簡単に現れる存在ではない。ましてや毎年コロコロ変わるものでもない。

3月上旬、阪神青柳晃洋と長話に興じる機会に恵まれた。チームは札幌遠征中。残留練習組しかいない甲子園の薄暗い通路で、ひょんなことから「エースとはなんぞ?」という話題に移った。その最中、右腕は苦笑いで切り出した。

「僕、『エース奪還』と言われたり書かれたりするのが嫌なんですよね」

冗談めかした表現の中に本音が見え隠れした。

誤解のないように先に補足しておくが、青柳は“虎のエースはずっとオレだ”とアピールしたいわけではない。むしろ“自分はまだ1度もエースになれていないのに「奪還」はおかしいでしょ?”という論理だ。

変則右腕の経歴は特に昨今、華々しい。21年夏の東京五輪では侍ジャパンの一員として金メダルを手にした。同年に最多勝、最高勝率のタイトルを初受賞。翌22年には防御率、最多勝、最高勝率の投手3冠にも輝いている。それでもまだ「エース」と扱われる風潮には違和感がある。向上心にあふれた右腕にとって、「エース」という称号はそれほど重たいのだろう。

「最近はすぐに『エース』という言葉が使われちゃうじゃないですか。僕、そこがいまだに引っかかっているんです。1、2年やっただけで『エース』と呼ばれてしまうと、なんだか軽く感じるというか…。タイトルを取ったから『エース』と言われるのも違う気がするし、僕自身、まだ自分が『エース』と言われるのは嫌なんです」

今、タイガースは他球団がうらやむほどエース“級”の投手を多く抱える。ただ、23年セ・リーグMVP右腕の村上頌樹にしても、1軍でフル稼働した年数はまだ1年。「エース」という称号をいきなり背負わせるのは酷な話なのかもしれない。

「自分が思う『エース』って、阪神の先輩であれば能見篤史さんだったりランディ・メッセンジャー、他球団であれば巨人の菅野智之さんや中日の大野雄大さんのような存在なので」

青柳は最後、そう言葉に力を込めた。

昨季は18試合先発で8勝6敗、防御率4・57。復権へ、オフには体重を約5キロも増やす肉体改造にも取り組んだ。2年連続で開幕投手を託される30歳。「奪い返す」ではなく、エースの座を「奪いにいく」。【野球デスク=佐井陽介】

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