元画学生の本紙記者がプロレスラーを描き、その魅力を探る企画第2弾のモデルは、“デスマッチドラゴン”の異名をもつ大日本プロレスの伊東竜二(43)。大日本でグッズイラストなどを手がけるレフェリー兼選手の“画伯”フランク篤(39)とともに伊東の体に刻まれた傷痕を描きました。【取材・構成・絵=高場泉穂】

昨年12月にプロレス担当になって以来、デスマッチファイターを生で描いてみたかった。カミソリや蛍光灯などの凶器を使って戦う選手の体にはたくさんの傷痕が刻まれている。その蓄積を間近で凝視して描くのが今回の狙いだ。モデルは、今年4月にデビュー20周年を迎えたベテラン“デスマッチドラゴン”伊東選手にお願いした。

今回は大日本鴨居道場での出張デッサン。しかも大日本の“画伯”ことフランク篤さんと2人で伊東選手を描く、いわば3WAY形式だ。スケッチブックと画材を持参して道場に着くと、ちょうどタンクトップに短パン姿のフランク画伯が現れた。「これじゃないと書けないんです」と、手には買ったばかりとみられる筆ペンを持っている。さらに私が赤いベレー帽をかぶると「僕もあります」と黒いベレー帽を出してきた。にこにこ笑いながら、かなり本気だ…。負けていられないと気を引き締めた。私、フランク画伯、伊東選手の3人でリングイン。傷を描くのがテーマのため、体の前面10分2本、背面10分2本の4本勝負とした。

★前面

モデルの伊東選手には凶器でおなじみのパイプイスに座り、蛍光灯の束を持ってもらった。傷がよく見えるよう、私もフランク画伯も伊東選手から1メートルもない場所に陣取った。私の描材は鉛筆。まず最初の10分で素早く全体をつかみ、次の10分で傷を描きこむ作戦にした。2本目で肝心の傷の描写に入ると、細かな跡がどんどん見えてくる。しかもふくらんでいるものが多い。「僕たちは傷を針で縫わないので、治るときにふくらむようです」と伊東選手。勲章であるその跡をできるだけ描こうと手を動かし続け、あっという間に20分が過ぎた。フランク画伯は「体の影と傷がごっちゃになって難しいですね」。まったく同感だった。

★背面

さすがは大日本。道場にあった有刺鉄線バットにアイテムを変え、今度は後ろ向きに立ってもらった。背中は前面より深い傷、細かな傷が多い。背中右下の三日月型の傷は「蛍光灯の破片が深く入りすぎて、皮を取って手術した跡です」。約10年前の跡がくっきりと残っていた。前面で傷を描ききれなかった反省を生かして、全体を軽くとらえた後は傷に集中した。描けば描くほど、新たな傷が見えてくるような気がした。一体数えたらいくつの跡があるのだろう。10分2本目が終わらぬうちにフランク画伯が「できた!」と喜びの声をあげた。残りは1分。既に脱力する画伯を横目に私は最後まで手を動かし続けた。自信たっぷりのフランク画伯の2枚目は見事に伊東選手の雰囲気を捉えていた。一方の私は、懸命に傷を描いたが、表現しきれなかった悔しさの方が強かった。

初のモデルを終えた伊東選手は「10分試合で動いているほうが楽です…」。2人の絵を見て、「体形が悪いですねぇ」と恥ずかしそうに話した。伊東選手、カメラマンらの見立てで今回は“引き分け”。デスマッチファイターの傷は描ききれないほどある。それを実感できたのが何より収穫だった。

高場泉穂記者(右)と選手兼レフェリーのフランク篤(中央)がプロレスラー伊東竜二をデッサンする(撮影・柴田隆二)
高場泉穂記者(右)と選手兼レフェリーのフランク篤(中央)がプロレスラー伊東竜二をデッサンする(撮影・柴田隆二)
高場泉穂記者(左)と選手兼レフェリーフランク篤(右)がプロレスラー伊東竜二の背中のデッサンを披露する
高場泉穂記者(左)と選手兼レフェリーフランク篤(右)がプロレスラー伊東竜二の背中のデッサンを披露する
高場泉穂記者(右)と選手兼レフェリーのフランク篤(中央)がプロレスラー伊東竜二の背中をデッサンする(撮影・柴田隆二)
高場泉穂記者(右)と選手兼レフェリーのフランク篤(中央)がプロレスラー伊東竜二の背中をデッサンする(撮影・柴田隆二)