今年1月、いま一番興味がある選手へのインタビューがかなった。総合格闘家山本美憂(45)だ。五輪について語るリレー連載の取材をお願いし、女子レスリング元世界女王でありながら、3度の挑戦ともに五輪に届かなかったこと、今年開催されるはずだった東京五輪について思うことなどを聞いた。

だが、本当に聞きたいことは別にあった。山本は45歳。昨年19年には長男アーセンの娘、つまり孫も生まれ“おばあちゃん”になった。(現役引退までは“おばさん”という設定にさせておくそうだ)。それでも、体力の衰えを感じさせるどころか、試合を重ねるごとに強くなっている。そして、いつでも自然体で美しい。その力と魅力がどこから湧くのか探ってみたかった。

競技の話題だけでなく、恋愛、子育てなどプライベートに触れる質問をぶつけてみたが、山本は嫌な顔せず楽しそうに答えてくれた。恋愛とは何ですかと聞くと、「やっぱり生活の一部ですかね。自分が幸せであるために必要」。“仕方ないよね”と言いたげな笑顔に思わず「かっこいい…」と声が出た。人生の一部、ではなく、生活の一部、である。今の恋愛について聞くのはやぼだと思い、そこはあえて突っ込まなかった。

ここで、山本の経歴を説明したい。74年8月4日生まれ。父郁栄氏はミュンヘン五輪レスリンググレコローマン57キロ級代表。ミュンヘンにちなんで、美憂の名を与えられた。のちに総合格闘家となる弟の山本“KID”徳郁、妹の聖子とともにレスリングの英才教育を受ける。17歳だった91年に世界選手権に初出場し、史上最年少優勝。94、95年に世界選手権連覇も、その年にJリーガー池田伸康と結婚し、現役引退。96年に長男アーセン出産。98年に現役復帰し、99年離婚。00年に格闘家エンセン井上と再婚し、同時に引退。04年アテネ五輪で女子レスリングが正式種目になったのを機に、現役復帰も代表に届かず、3度目の引退。同年、井上と離婚。06年にアルペンスキー選手佐々木明と3度目の結婚。同年次男アーノン、08年に長女ミーアを出産。11年、ロンドン五輪挑戦のため、3度目の現役復帰。同年、佐々木と離婚。同12月の選考会で敗れ、出場を逃す。13年から拠点をカナダへ。15年にカナダ国籍を取得し、カナダ代表として16年リオデジャネイロ五輪を目指すもかなわず、16年に総合格闘技に転向。18年9月に弟徳郁が胃がんで死去。現在は、弟が亡くなったグアムで家族とともに暮らす。

3度の結婚と離婚。その間、五輪の夢を追い続けた。そして今は総合格闘技に没頭する。山本は「めちゃめちゃ自分のやりたいことをやってる。わがままなんです」と笑いながら人生を振り返る。結婚した後、しばらく夫や家族のサポートにまわった時期もあった。それも「その時に自分がしたいと思ったこと」。どんな選択も自分が選んだことだから仕方ないと思えるという。

山本はさまざまな選択に迷う女性アスリートにこう助言する。「気持ちがある以上は競技を続けてほしいなと思いますね。たとえ、結果が結びつかなかったとしても、自分がやりきったという気持ちが残る。だって、何をしても後悔はつきまとうじゃないですか。ああしていれば…とか。でも、やらなくて後悔するのが1番私の中では嫌なんです。やって失敗して、その度にあーってなるけど、しょうがない。自分が選んだことだから。常にそれの繰り返しです。その時は結果に結びつかなくても、あれがあったからこれがあるんだな、って思える時が来たりする。私も五輪に行きたくて行けなかったけど、その過去があるから今がある。残念でしたけど、今は総合格闘技という自分なりの活躍の場所を見つけることができました」。

拠点のグアムでは、2人のこどもの学校や習い事への送り迎えをしながら、その合間にジムで練習を積む。「グアムって狭いから、できちゃうんですよ。ジムも近いし、選手生活を送るには楽です。シングルマザーはすごく助かります。それに、娘は11歳、息子は13歳なんで、もう楽っちゃ、楽。皿洗い、掃除とか家事も手伝ってくれて、逆にあの子たちに助けられているんです。すごくいい環境で練習ができていますね。バタバタしてますけど、それが自分には合ってるのかな」。総合格闘家に転向して4年。「自分はまだ新人の部類にあたる気がする。やることいっぱいあるのがうれしいこと。飽きないですね」とまだ熱が冷めることはなさそうだ。

雑談で美容の秘訣(ひけつ)も聞いた。「とにかく保湿! あとは水をすごく飲む。1日4、5リットルぐらい」。年齢を忘れるほど強く、美しい山本は、私たち後輩女性に勇気をくれる。【高場泉穂】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)