ボクシングの元WBC世界バンタム級王者山中慎介氏(35)の引退会見が26日、都内で行われた。

 雪辱を期した1日の同級タイトルマッチで、前日計量失格で王座を剥奪された前王者ルイス・ネリ(メキシコ)に2回TKO負け。試合直後に引退を表明していたが、あらためて会見を開いた。

 「神の左」を武器に日本歴代2位の12度の世界戦防衛を達成。その強さの源はパンチの9割以上がストレート系という無類のスタイルを信じ、貫き続けたからこそだった。

 会見で帝拳ジムの浜田代表は言い切った。

 「最初で習うワンツー、ストレートで世界王者になった選手は他にいない」

 比類なき戦い方こそがすごみだった。

 日刊スポーツ調べでは、世界戦15戦の総パンチ数は6401発。うちストレート系(ジャブ含む)は5896発、フック・アッパーが505発で、前者の割合は約92%にも上る。長谷川穂積氏が王者ウィラポンを3-0の判定で破り、同じWBCバンタム級王者となった05年の試合では約54%(1267発中679発)。多彩なパンチを打てる方が攻撃に幅が出るというのが一般論で、こちらの数字のほうがスタンダードなボクサーと言える。

 そのあまりにも特異なパンチの割合に山中氏は「歴代の王者の中でもトップクラスの引き出しの少なさだったかも」と会見で笑いを誘ったが、そこにこそ自負は宿る。

 南京都高でボクシングを始めた直後に直感があった。入学後、右構えをサウスポーに変更。

 「すぐにこれ一番の武器やなと。違和感なく力強く打てたストレートの距離がしっくりきた」

 もともと字を書くのは左、繊細な作業に向いた。サッカーも左利き。右が軸足の回転がサウスポーと同じだった。その距離感はすでに他選手とは30センチ以上遠く、独自の間合いがあった。

 「神」の兆しはプロ3戦目。2回に左で初KO勝ちしたが、試合後のグローブが割けていた。マウスピースがない相手の下の歯で、内部まで貫通。拳を下方向に擦って押し込むパンチが特徴で、その威力を物語っていた。

 その後は判定勝ち続きも、確信は9戦目。過緊張で指示も頭に入らない課題を抱えていたが、この時は大和トレーナーの作戦を忠実に実行。左カウンターでダウンを奪うと、同トレーナーを見て笑った。本人は「覚えていない」が、そこから世界王座決定戦まで9連続KO。覚醒の時だった。

 やがて「神の左」は誇大表現ではなくなっていった。

 「自分を信じて日々、左ストレートを練習してきましたから」

 そのぶれない姿勢。多彩より独自を追求し、信じ続けた姿こそ、覇業をなす源だった。【阿部健吾】