新日本プロレスに外国人トップがやってきた。オランダ出身で6カ国語を操るハロルド・メイ社長(54)。幼少期に住んだ日本で、日本コカ・コーラの副社長、玩具大手タカラトミーの社長を経て選んだ新天地は、愛してやまないプロレス界だった。6月に着任した新社長に、経緯と将来像を聞いた。

 6月9日、大阪城ホール大会。第1試合開始前、場内の大型スクリーンに映像が流れた。シャワーを浴びていた男が、木谷オーナーからの電話に応える。新日本の新社長就任の打診にうなずく。「ハロルド・ジョージ・メイ」の名前とともに紹介されると、場内に拍手が起きた。3分超の作り込まれた映像が終わると、そのメイ社長が通路に立って、スポットライトを浴びていた。

 そこから一気に走った。スーツ姿の全力疾走。そのままロープ下から滑り込むようにリングインした。マイクを手にするまで、少し間があった。

 「ホッとして、一瞬止まりましたね。スピーチしないといけないのに。ぶっつけ本番だったから。ロープの隙間は40センチで、引っかかる可能性もあった。『転んだり頭引っかかったりしたらかっこ悪いですよ』と止められたけど、いいよ、リスク取ると。そのほうが記憶に残ると思って。やりたかった。僕はこの業界の『ヤングライオン』という思いもありました」。

 「ヤング~」は新日本の若手レスラーの総称。若き勢いを表現するように通路を突っ走ってリングインする彼らの入場に習った。

 自らの提案だったが、本当はもっと度肝を抜きたかった。

 「第一印象は人間、1回しか与えられないもの。だから絶対に忘れられない入場がしたかった。ファンへのお披露目なので、天井からリングの上へロープで下りようと思ったの」。

 アイデアは新日本の社員の「上」をいっていた。

 「僕ね、昔消防隊にいたんです。ビルの横から救助に行くんですけど。それの資格を持っていて。でも、みんな『はっ?』みたいな感じで。ホールから安全性の問題でできないと。みんなは普通に登場したらどうですかと。でも、絶対にダメだと」。

 結果、失敗のリスクも頭をもたげたが、インパクトにかけた。ヤングライオン式には思いもあった。

 「最初ニュースが流れたときに、外国人がきますよと。ビックリしたと思うし、どこかで心配もあったと思う。日本語出来ると言っても大丈夫かな、プロレス愛があるのかと。そういう心配があったと思う。それはお客様だけでなく、選手、社員にもあったと思う。僕は本当にあるんですよ、プロレス愛が。それを見せたかったんです」。

 マイクを握り、言葉を発する前にすでに拍手が起きた。つかみは完璧だった。

 愛の源泉は8歳の時。父の仕事で住んだ日本のテレビだった。オランダでは当時は2局しかなく、放送時間も午後5時から同11時まで。日本に来てみて、放送局の多さ、放送時間に驚いた。その中で父が欠かさずに見ていたのが、プロレス中継だった。漫画でしか戦いを見たことがなかったメイ少年が見た、本物の人間が戦う姿。猪木、タイガーマスク、ブッチャー…。強烈な原体験だった。

 米国で大学を出て、再び日本に。外資系企業で腕をふるう最中、愛がよみがえった。きっかけは日本人の妻。「プ女子なんです。約10年前に『いま、すごいから見てみて』と」。強烈に魅力的な世界だった。「スピード、技、迫力、全部違った」。会場に足を運ぶようになった。

 今回、木谷オーナーからの懇願で、プロレス界で社長になった。「好きな仕事をしているのはそれだけで不思議な元気が出る」。今後のビジョンは、海外への販路を拡大するのが1つ。それには「ドラマ性が鍵。選手が作り出す試合展開が素晴らしい。これをさらに伝えたい」。

 新日本の強みとして考えるのは、選手の個性、技の独自性などもあるが、一番重要視しているのが、ドラマ性だという。

 「技のすごさ、格好良さとかは試合の中のことであって、例えるならば2時間の映画を見ている時に、試合だけ見ているのは最後の10分くらいの決闘シーンなんです。それはそれで十分すごいし、思い出にもなる。でも残りの1時間50分の話が分かれば、もっと意味がある決闘シーンになる」。

 試合までのあおりがSNSやメディアを通して、ネット社会だからこそ、多用な情報がさまざまな伏線を織りなしていく。それが太くなればなるほど、感情移入できる。現代プロレスだからこそ、そこに可能性を見る。

 感情移入という部分は、プロレスの肝だと考えている。自身が会場に足を運ぶようになって感じたのは、他競技にはない異空間のすばらしさだった。

 「ファンが暖かいですよね。仲間意識がすごく感じられる。みんなで応援しようとか。隣の知らない人でも、しゃべる、語り合うんです。なんとなく友達感、他のスポーツではないですよ」。

 「例えば相撲、サッカーにはないのかと言ったらうそになるけど、特別なんです。プロレスは年齢層が幅広い。子供、何十年もはまっている人、日本人も外国人も、男女も。これはなかなかないですよ。良い意味で正しいプロレスの見方がないと言うこと、100人いれば100人の見方がある。女性が見る観点と何十年見ているファンの観点、初めてきた子供の観点、みんな違うんです。でも全部正しいんです。それがいいんですよね。“コト”の質、深さが違う。文化の壁も言葉の壁もない」。

 モノ消費からコト消費へと消費スタイルが変わっていく近年にも、プロレスは合致していると考える。

 「プロレスを見る理由が、元気もらえた、元気をくれると聞きます。僕が思うのは、人間誰でも自分なりに戦ってるんです。仕事でも、人生でも。心の中で。仕事がうまくいかないこととか。毎日ストレスとかで闘っているんです。でも試合を見ると自己投影できるんです。選手がそれを代弁している、それでスカッとする」。

 いまは限定的な英語コンテンツを増やしていき、新日本が作り出すドラマ性を海外に伝えていく。

 「前職と比べたら会社の規模は小さい。でも、1つは大きくできるポテンシャルを本当に信じているし、なかなかいまの経済状況で、ビジネスマンとして大きく伸ばせるチャンスはない。1,2%あげるのもすごく大変なのに。やりがい、ありますよ。しかも大好きなプロレスで。もしかしたら業界そのものを変えられるかも。そんなチャンスないですよ。それによって、もっとファンの方が喜ぶだろうし、選手にも還元できる」。

 スーツ姿の「ヤングライオン」は、今日もプロレスを世に広めるべく闘っている。