元関脇安美錦の安治川親方(40)が、笑顔で引退を報告した。11日目の17日の打ち出し後に、引退、年寄安治川襲名が承認されたことを受けて、名古屋市のドルフィンズアリーナで会見。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)同席で約25分の会見後、雑談を交えて単独で約40分の囲み取材に対応、計1時間余りも思いの丈を語った。涙は見せず、持ち前の軽妙な語り口で報道陣の笑いを誘う“業師”ぶりは健在だった。

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1時間余り話した安治川親方は、最後に思わず本音を漏らした。「勝負しないというだけで、気持ちがこんなに楽になるんだな」。午後3時前。出場していれば、自身の出番だった十両取組の時間帯に、着物姿で雑談する自分を客観的にとらえてつぶやいた。引退会見中に何度も「次にケガをしたら終わりだと思っていた」と打ち明けた、22年半の現役生活の晩年とは違う心境が新鮮でもあった。やり切った思いは強く「すっきりしている。悔いはまったくない」と断言した。

2日目に敗れた竜虎戦で右膝を痛め、3日目から休場した。元大関魁皇と並ぶ歴代1位の関取在位117場所目の10日目に引退を表明。「(魁皇の記録に)並べただけでよかった」とかみしめた。37歳で左アキレス腱(けん)を断裂、十両に陥落してからは常に引退危機。それでも「ケガと戦ったというよりは一緒にやってきた仲間。相撲と向き合うことができたのはケガのおかげ。ケガにも感謝している」と笑って話した。

通算金星は8個。「初めて取った金星は武蔵丸戦。武蔵丸さんはすごく大きかったし、土俵に上がって初めて『怖いな』と思った。貴乃花さんは(自分が)最後の相手になってしまい、いろいろと葛藤はあったけど、僕をここまで大きくしてくれた一因でもある」。思い出は数知れないが、あえて思い出の一番に挙げたのは17年九州場所千秋楽の千代翔馬戦。39歳で再入幕し、8勝7敗で勝ち越して敢闘賞を受賞した一番だ。「みんなのおかげで、あそこに立てた」と、家族や周囲の支えを最も感じた。決まり手の上手出し投げも幼少期から磨いた技だった。

「好きな相撲をここまで長くできて本当に幸せだった。本当にいい力士人生だった」。汗はぬぐっても最後まで涙は見せなかった。この日の朝稽古で指導者デビュー。「ケガが治れば、がんがん胸を出すよ。若い衆が『ケガしてくれないかな』って思うぐらいね」。自身も周囲も笑いが絶えない、人柄がにじむ引退報告となった。【高田文太】