トランプ米大統領は選挙期間中から「アンチ・エスタブリッシュメント」を旗印にしてきた。2大政党をまたいでワシントンを支配するエスタブリッシュメント(既存の権力構造)を、アウトサイダーの自分が破壊するという姿勢だ。メディアに対する批判も、大手のテレビ局や新聞社がエスタブリッシュメントの一角だから、という理屈になる。

 トランプ氏が指摘するエスタブリッシュメントとはどんな人々のどんな集合体なのか。スティーブン・スピルバーグ監督の新作「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」(30日公開)の中にその片りんがうかがえる。

 70年代の初め。ワシントン・ポスト紙の社主キャサリン・グラハムは、政府高官や影響力を持ったそのOB、そして大手メディアのオーナー連が集うパーティーでは顔の知られた存在であり、ケネディ政権の中枢にいたマクナマラ元国防長官の「お隣さん」でもある。絵に描いたようなエスタブリッシュメントの一員と言える。

 「友人」として付き合い、情報を交換し、互いにウィンウィンの間柄を築く。序盤の描写をみれば、庶民の手の届かない「雲の上」でのなあなあの関係は、トランプ氏に言われるまでもなく、嫌な感じである。

 だが、ある出来事をきっかけに「友情」と「正義」の間には越えられない一線が敷かれることになる。スピルバーグ監督は歴史に知られたその出来事、「ペンタゴン・ペーパーズ」報道を巡る政府と新聞社の対決を改めてクローズアップすることで、トランプ氏のメディア批判は的外れだ、と言いたいのだろう。

 映画はライバル紙、ニューヨーク・タイムズの特大スクープから始まる。暴かれた政府機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」には、国民を欺き、ベトナム戦争の泥沼に突き進んだ歴代政権の不正が記されていた。ニクソン政権は国家の安全保障を脅かすとして連邦裁判所を動かし、タイムズに出版差し止め命令を下す。

 ポストの編集主幹ベン・ブラッドリーはライバル紙に出し抜かれてぶぜんとしながらも、使命感からペンタゴン・ペーパーズの入手に奔走する。タイムズの後を追えば、確信犯として反逆罪に問われる可能性もある。紙面掲載の最終判断は社主キャサリンにゆだねられることになる。

 カリスマ性のあった夫の自殺で否応なく後を継いだキャサリンは、新聞界では初の女性経営者であり、周囲から「経験不足」と見られている。ありていに言えばなめられている。株式上場を前にした微妙な時期でもあり、古株の役員は父が娘に諭すように後追い報道を無謀と決めつける。元ニューヨーク・タイムズ記者デイビッド・ハルバースタム氏が書いた「メディアの権力」の中にも「ケイ(キャサリン)・グラハムとブラッドリーを囲んでいたのは保守的なむしろタカ派といわれる人ばかりだった」とある。

 そもそもペンタゴン・ペーパーズをまとめた張本人が隣人のマクナマラ元長官である。彼女の新聞が報道することはあり得ないと信じ切っているマクナマラは「ニクソンはあざとい。万が一報道に踏み切れば、あらゆる手を使ってポストと君を破滅させるぞ」と、自分の立場を差し置いて彼女の心配をする。

 幹部の中で報道すべきと主張するのはブラッドリーだけである。だが、彼女は周囲の予想に反して報道にGOサインを出す。頼りなく見える外見の中に秘めた強い意思、経営者としての才能と微妙な算段…。言うまでもないがメリル・ストリープが絶妙だ。周囲の空気とは裏腹に内心が変化していく様子が透けて見えるようだ。目は泣きそうでも、口元はきりりというような離れ業で複雑な心理を演じきる。

 ブラッドリーにふんしたトム・ハンクスも負けていない。自信満々に見せながら、濃密なキャリアを積んだ編集者ならではの恐れが眉間のシワに宿っているように見えてくる。キャサリンの英断を聞いた瞬間の、喜びよりは驚き、先行きを思う不安が勝った表情が印象的だ。

 報道の自由という大テーマを底に据えながら、女性経営者の自立への闘いにスポットを当てたところがこの作品のミソになっている。ラストシーンには「ウォーターゲート報道」への予兆がさらり。中盤のマクナマラ発言も効いてくる。

 主演は因縁のメリル・ストリープ。報道の正義を緻密に描いたスピルバーグ監督の新作は、現職大統領にとってはかなり不快な1本なのかもしれない。【相原斎】

「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」の1場面 (C)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC
「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」の1場面 (C)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC