劇団員の待遇をめぐる東京高裁の判決が話題となっています。判決そのものは9月に出ているのですが、先日、全国紙が大きく取り上げたこともあって、注目度が高くなっています。

訴えを起こしたのは34歳男性。12年前に役者を目指して劇団運営会社に入団しました。同社は小劇場を持ち年間多数の公演を行うほか、飲食店も経営。男性は入団以来、舞台装置の設営や照明など裏方業務をしながら、入団から約5年間はほぼ無給でしたが、6年目以降は月6万円もらえるようになったといいます。ただ、休みが月に数日だったり、睡眠時間を取れない時期もあり、節約のため3個入り100円のメロンパンで1日をしのいだこともあったそうです。

多くの劇団では、劇団員が芝居だけでは食べて行かれず、バイトをしているのは当たり前の光景ですが、ここで問題なのは、劇団員としての仕事だけでなく、会社が経営する飲食店で深夜まで働いていたとされることです。男性も会見などで「働いている時間ともらっている給料との差についてもおかしいとは思っていたが、もっと頑張らなくてはと思ってしまった。疑問を感じながらも『演技の経験を積みたい』との思いから踏みとどまった」と打ち明けています。

しかし、そんな環境に耐え切れず、4年前に退団。3年前に残業代の未払い分や慰謝料を求め、東京地裁に訴えを起こしました。同社側は「単なる趣味やサークル活動で、労働者ではない」「月額6万円は劇団員への支援金で、労働対価ではない」などと主張したとされますが、昨年、東京地裁は「大道具及び音響、照明業務は労働にあたる」として、会社側に約51万円を支払うよう命じました。さらに東京高裁は9月、稽古や出演も労働と認定し、会社側に約185万円の支払いを命じ、確定しました。

裁判には勝った男性ですが、「小さな劇団すべてに同じことが適用されるとは思っていない」と話します。これは今回のように劇団員への出演料が生じると、公演を持続的にできない劇団が出ることは必至だからです。その上で「私のケースでは、明らかに営利目的で年間90本近くの公演を行い、収益を上げているにも関わらず、夢を抱く劇団員だから安月給でもいいだろうという意識がどこかになかったか、ということが問題。芝居を続ける新たな環境を考えるきっかけになれば」と言います。

今回はあくまで特殊なケースでしょうが、舞台だけでは食べられないという「劇団」の常識は今も続いています。かつて、劇団四季主宰の浅利慶太氏は「芝居だけで食べられる劇団」を標榜し、それを実践しました。コロナ禍で公演中止が相次ぎ、どこの劇団も厳しい状況にあり、劇団員、演劇にかかわる人たちの生活は今まで以上に苦しくなっています。演劇界をめぐる古くて新しい問題は、コロナ禍の今、より切実なものになっているようです。【林尚之】