タレント中山秀征(59)が、18日から東京・銀座の鳩居堂で「第三回中山秀征書道展」を開催する(30日まで、24日休館)。今年の「第77回毎日書道展」で佳作を受賞した「追悼(ついとう)」など約20点を展示する。9月17日には東京・EXシアター六本木で「HIDE LIVE 2026 ザ・歌謡ショー」を開催。1985年(昭60)のデビューから、芸能界のど真ん中を歩んで来た軌跡と、思い描く夢について“秀ちゃん”に聞いた。【小谷野俊哉】

- 書道、エンタメのことを熱く語ってくれたあとに鏡の前で「テレ朝の『タイムショック』の練習風景を」とお願いすると「初めてのパターンだな」といいながら快く受けてくれた中山秀征さん。生タイムショック最高でした(撮影・水谷安孝)
★最初は地元藤岡市
東京のど真ん中、日本一地価が高いことで知られる銀座5丁目の鳩居堂。
「鳩居堂では去年に次ぐ2回目。最初は2年前に群馬の地元、藤岡市。自分の書道展をやるのが夢でした。小学校1年から書道教室に通って、2年の時に『赤とんぼ』という字で群馬書道協会長賞をいただきました。賞状をもらって、両親が非常に喜んでくれた。13年ぐらい前から、また書道をやり直していたんです」
師匠の青山浩之横浜国大教授に新たに入門した。
「ちょっと自己流っぽくて、自分が見ても『素人っぽいな』って。プロみたいにやるには、やっぱり基礎から。タレントがちょっと書いて『うまいね』っていうレベルでは嫌だと思った。プロが初見でも『違うな、遜色ないな』というレベルに行きたかった」
★「毎日書道展」佳作
「毎日書道展」で佳作受賞の「追悼」は、今回の書道展のテーマでもある。
「世の中には戦争であったり、いろいろなことがある。個人的に言うと先祖ですね。故人に対して健やかに過ごしてほしいということと、同時に自分たちが今幸せであるよということを伝える。故人が安心してあの世で暮らせるように深く感じてもらえれば」
16年8月に母親を77歳、翌17年1月に父親を80歳で亡くした。
「両親が、もう他界していますので。『一生懸命、今は幸せにやってるよ。だから安心してね』っていうこと。あとは両親と楽しく暮らした子供の頃のこと、そういうことを思い、願うということですね」
2年前の故郷・藤岡市から、東京・銀座へ。昨年5月にはカンヌ映画祭の期間中に現地で書道の展示会を成功させた。
「やっぱり1発目は地元で。藤岡市が市制70年という記念の式典で、役所に勤めている同級生から『なにかやってくれないか』と。個展はやったことがなかったんだけど、作品が30点ぐらいあったのでいけると。お客さまが3万2000人も来てくれました。本当にうれしかったですね。藤岡からカンヌ、銀座と来て、次はニューヨークで書道展が開けたら」
9月17日には東京・EXシアター六本木で「HIDE LIVE 2026 ザ・歌謡ショー」。ゲストは天童よしみ(71)、ももいろクローバーZら。
「ライブは自分で作って、お客さんの前で見せるということが大事。バラエティーも音楽も含めて、いろんなパターンをやっていきたい。僕がやってきた日テレの『THE 夜もヒッパレ』(95~02年)は、今のテレビではなくなっちゃった、いわゆる“作り物”の最後。一見、ただのカラオケ番組に見えるんだけど、実は朝から踊りの稽古をして、音がずれたら撮り直して。その完璧さの中に全部計算された笑いがある」
入念なリハーサルを繰り返し、カメラテストを何度もやって、本番に臨む。
「今のテレビでも、そういうものをもう一度見せたい。今回のライブでも、昔のように歌っているうちに歌がどんどん変わっていくような、音楽コントをやったりしたい。70年代、80年代のアイドル、キャンディーズとかピンク・レディー、聖子ちゃんとかのヒット曲も含めてね。ももクロは『夜もヒッパレ』を見ていたんだけど、出演したことはない。その世界を味わわせてあげたい。このライブが、いつか武道館で開催できたらいいですね」
★来年60歳一つ形に
「作る」感覚は、20年のコロナ禍で70歳で亡くなった志村けんさんから受け継いだ。
「志村さんから『作り物もやれよ』って言われていました。僕の場合は情報番組だったり、瞬発的なものが多いじゃないですか。でも志村さんは『大変だけど作れ。作ったものを見せるんだ』って。その言葉が、今も自分の中にある」
志村さんからは「スターでいろ」とも言われた。その言葉は、08年に36歳で亡くなった飯島愛さんからも言われた。99年から07年まで、日本テレビ系「ウチくる!?」で共演した。
「愛ちゃんも、いつも僕に『中山はスターでいろよ』って。だから、志村さんと愛ちゃんっていうのは、僕の中ではどこかつながるところがある。僕が頑張っているのは、2人への追悼でもあるんです」
14歳で群馬から上京して芸能界のスターを目指して頑張ってきた。98年に元宝塚トップ娘役の白城あやか(58)と結婚。4人の男子に恵まれた。
「結婚したことによって、学校の参観日とか、親がやらなきゃいけないことに参加して、自然と一般のことを学んでいった。休みを取って、家族旅行にも行かなきゃいけない。育休も、やってみたら大変だった。子供が生まれて最初の頃は飲んで歩いてたんですけど、2人目ぐらいの時は、さすがに1回家に帰って、風呂だけ入れて寝かしつけてから飲みに行った。『子供が生まれて、まっすぐ家に帰るようになった』と言われたくないから(笑い)」
ネットの時代になっても、テレビの役目はある。
「テレビはテレビで残っていく。自分が見てきたテレビを、自分なりに作ってみたい。それができたら、僕がテレビに憧れた意味の集大成。タモリさんがやっていた日本テレビの『今夜は最高!』(81~89年)みたいに作り込んだ番組ができたら。来年は、僕も60歳になります。その時に、一つ形になっていたい。ニューヨークで書道展とか、武道館ライブ。そういうものを一つ一つ形にして、60歳からの10年を変えていきたい」
時代とともに変化、成長を続けている。
▼デビュー時以来の盟友の松本明子(60)
秀ちゃんがナベプロ(現ワタナベエンターテインメント)に入ってきた1984年(昭59)からですから、もう43年目の付き合いになります。
字は読むより、書くほうが得意らしいです(笑い)。メチャメチャ達筆で、昔からサインを筆ペンで「中山秀征」としっかり、丁寧に書いていて、ただもんじゃないと思っていました。去年もABブラザーズ時代からの付き合いの放送作家の赤松裕介さんとコラボして「カンヌ国際映画祭」で書道の展示会を実現させました。赤松さんはニューヨークでも活躍しているので、秀ちゃんのニューヨークでの書道展実現も楽しみに待っています。
秀ちゃんは本当に「有言実行」の人です。若い時から、自分の夢を実現させてきました。しし座のB型で、決めたことには全力で取り組んでいきます。書道も“50の手習い”で勉強し直して、本当に好きなんだなと思います。モチベーションを高く持って、いくつになっても昇っていく男だと思います。
秀ちゃんは、松本明子を励まし、背中を押して、引っ張り上げてくれた存在です。デビュー翌年のバラエティーで放送禁止用語を叫んでしまって、私は仕事が全くなくなってしまいました。堀越学園と国立にあったナベプロの寮の往復だけの毎日になって、国立駅のホームのベンチで時間をつぶす日々でした。
そんな時に、秀ちゃんが「ネエさん、レコード出せないから居心地悪いでしょう。僕のいるバラエティー班に来ませんか」と誘ってくれました。あれがなかったら、とっくに引退していたかもしれません。私の人生の恩人です。いつまでも元気で、頑張ってください。
◆中山秀征(なかやま・ひでゆき)
1967年(昭42)7月31日、群馬・藤岡市生まれ。85年にABブラザーズを結成。フジテレビ「いただきます」レギュラー。91~00年に日本テレビ「DAISUKI!」。99~18年に日本テレビ「ウチくる!?」。現在のレギュラーは日本テレビ系「シューイチ」(土曜午前5時55分、日曜午前7時30分)、ニッポン放送「中山秀征の有楽町で逢いまSHOW」(日曜午前5時30分)など。98年に結婚した元宝塚トップ娘役の白城あやかとの間に4男。173センチ。血液型B。





