国立劇場9月文楽公演「寿二人三番叟」
国立劇場9月文楽公演「寿二人三番叟」

先月と今月、相次いで文楽が上演されました。三谷幸喜作の再演「其礼成心中」(パルコ劇場)と、国立劇場で7カ月ぶりに再開した「9月文楽公演」の2本です。「其礼成心中」で“前座”として登場した三谷くん人形は、「文楽はコロナに強い。なぜなら人形はしゃべりません!」。実際コロナに強いのかはさておき、舞台に戻ってきた人形たちは生き生きと観客のハートをつかみ、伝統芸能の底力を見せてくれました。

◆国立劇場9月文楽公演・第1部「寿二人三番叟(ことぶきににんさんばそう)」「嫗山姥(こもちやまんば)」

正直、文楽には詳しくないのですが、国立劇場で7カ月ぶりに再開する文楽が「二人三番叟」で始まると知り、足を運びました。天下泰平や無病息災を願って奉納するおめでたい踊りで、尊さの中に笑いもある大らかな見ごたえが好きなのです。コロナ禍でめいる日々には最高のセレクトだと感じました。

まじめ男とひょうきん者の人形コンビが、文楽再開の重責を担って登場。三味線と太夫の語りで華やかに踊り、疫病退散を祈って足を踏み鳴らしたり、舞台の四隅を鈴でお清めして回ったり。三味線のテンポがどんどん速くなり、踊る2人もクタクタ。ひょうきん者がしゃがみ込んで怠けていると、相棒がすっ飛んできて踊らせたりというやりとりに笑いが起きます。力を振り絞って踊り納めていく人形たちから体温が伝わってきて、人形たちの願いが胸に染みます。

続く「嫗山姥」は、かたき討ちに端を発する人情と運命のスペクタクル。金太郎(坂田金時)の誕生エピソードでもあります。うまくいかない人生の形がいくつもありますが、それでも主体性を持って生きる登場人物たちがカラフルで魅力的です。

元遊女の八重桐にくぎ付け。鼻っ柱が痛快な前半から、怪力の鬼女に変身して大暴れする後半まで、表情豊かにぐいぐい物語に引っ張ってくれます。クライマックスは超SF。浮き上がってオーラが見えるような、特撮人形劇のような見ごたえに圧倒されます。生きているかのように人形を操る人形遣い、物語の設定やせりふを語る太夫、音楽の三味線。たった3つでどんな世界も表現するアナログの快刀乱麻をわくわくと見ました。

国立劇場9月文楽公演「嫗山姥」
国立劇場9月文楽公演「嫗山姥」

◆「其礼成心中(それなりしんじゅう)」(パルコ劇場)

8月に上演されたこちらの演目は、三谷幸喜氏が手掛けるコメディー文楽。東京では7年ぶりの再演です。

「曽根崎心中」の大ヒットで心中ブームが起きてしまった天神の森を舞台に、商売あがったりのまんじゅう屋夫婦が、ピンチをチャンスに変えたり、変えられなかったりする物語。タイトルの通り、それなりに心中しなければならなくなる過程に、分厚いストーリーと泣き笑いがあります。

太夫も三味線も人形遣いも、普段は国立劇場に出演しているような人たちが全力で三谷文楽をやっていて、とても豪華です。まんじゅう屋の主人が「ちょい待ち、ちょい待ち~」と俗なせりふで登場するだけで客席も爆笑。「何や、逆ギレか」とあきれる父親や、「かかさん、こわいー」のひと言で笑いが起こる娘役など、1人で何役もこなす太夫の迫力を、カジュアルに体感できます。

両手でハートマーク、豪快すぎるほふく前進、突然の激太りなど、文楽はこんなこともできるのかといろいろ新鮮。かと思えば、夫婦で近松の新作「心中天網島」を見ている沈黙だけで客席を泣かせる真骨頂とか。かわいくて、けなげで、かっこいい人物たちの輝きを見て、この時期、大いに励まされました。

国立劇場もパルコ劇場も、客席を半分に減らしての上演。国立劇場は、スタッフの発熱により初日の公演が中止(PCR検査で陰性と判明)という大変な状況でしたが、人形たちの熱演と、鳴りやまない拍手は感動的。当たり前に続くものだと思っていた伝統芸能が止まると、日本人として意外とそわそわするDNAも自覚し、われながら新鮮でした。

「其礼成心中」はすでに終了。「9月文楽公演」は東京・千代田区の国立劇場で22日まで。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)