北島三郎の「仁義」、松前ひろ子の「まさか」、三山ひろしの「人恋酒場」などを手がけた作曲家中村典正(なかむら・てんしょう、本名中村貞夫)さんが8月16日、肺炎で亡くなっていたことが20日、分かった。83歳だった。山口県周南市出身。

葬儀は家族葬として既に行い、後日、お別れの会を開催する。妻は歌手松前ひろ子、三山ひろしは義理の息子。

歌手の登竜門として知られる「コロムビア歌謡コンクール」徳山大会で入賞をした後、歌手を志して上京し全国大会で入賞した。

その後、歌手若山彰さんの付き人や作曲家原六郎さんに師事をした後、編曲家に転身した。

1963年(昭38)に北島三郎「三郎太鼓」のB面「田舎へ帰れよ」で作曲家デビュー。2作目の「仁義」が大ヒットした。

作曲家としてのペンネームを「中村貞夫」から「中村千里」、そして「中村典正」へと改名し、日本クラウン以外のレコード会社の作品手がける際には「山口ひろし」を使った。

松前とは仲良し夫婦として知られ、生前、松前のイベントに参加をした際に「松前をよろしく」と話していた。

主な作品に北島三郎の「誠」、鳥羽一郎の「男の港」「親子船」、松前ひろ子の「萩みれん」「春暦」、三山ひろしの「酔待ち酒場」「ダンチョウネ港町」「女に生まれて」、藤あや子の「こころ酒」「むらさき雨情」などがある。