「喝采」「北酒場」の日本レコード大賞受賞曲などを手掛けた作詞作曲家の中村泰士(なかむら・たいじ、本名泰士=たいし)さんが20日午後11時50分、肝臓がんのため、大阪市内の病院で亡くなった。24日、所属事務所が発表した。81歳。

葬儀・告別式は近親者約10人で密葬として終えた。喪主は長男修士(しゅうじ)氏。来年4月ごろ、大阪市内で追悼ライブを予定している。

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昭和から平成、令和もまたいだ音楽家だった。中村さんは9月中旬に倦怠(けんたい)感を訴え、10月中旬に肝臓がんと診断。2週間の入院を経て退院後も抗がん剤治療を続け、11月に新曲11曲を収録。「ライバルはあいみょん」と言い、マイク選びにもこだわってのレコーディングだった。

昭和を代表するヒット曲を生み、なおかつ歩を止めなかった中村さん。傘寿(80歳)を迎えた昨年は「1年80ステージ」を目標に掲げ、完遂。「歌手やから『さん』『氏』はいらん」と笑い、歌手活動に意欲。コロナ禍にも負けず、今年6月には無観客配信ライブ。「手の届くアイドルは一時的なもの」「スターはあこがれられる存在」として、配信という観客との距離感を歓迎し時代を受容した。

11月14日には大阪市内でワンマンライブ、12月5日には大阪港から出港して船上ライブも開催。アンコールにこたえて最後に歌ったのが「喝采」。これが最後のステージとなった。

下船後に再び、入院を望み約2週間治療を受けたが、奇跡は起こらなかった。事務所関係者は「さすがに2回目の入院は覚悟をしていたと思う」と吐露。ただし、最後まで「音楽の話ばかり」だったそうで、つねに心は前向きだった。

病床でも「おれは毎日生まれ変わり」「おれが死んでも悲しむな」と言い「新聞の見出し考えた。『喝采、北酒場で2度レコード大賞受賞の中村泰士、逝く』やな」と話したという。

中村さんは、コロナ禍の現況を考え密葬を希望したといい「おれはクリスチャンやから(葬儀は)お寺でもいいけど、牧師は呼んで」ともリクエスト。牧師はかなわず、クリスマス・イブの発表になった。天国でも音楽活動を続けてもらおうと、棺(棺)にはアコースティックギター、楽譜、ペンなどが納められた。【村上久美子、星名希実】

◆中村泰士(なかむら・たいじ、本名たいし) 1939年(昭14)5月21日、奈良県生まれ。18歳当時、内田裕也(故人)と佐川満男のバンドに加入しデビュー。その後、作詞・作曲活動。「喝采」(ちあきなおみ)「北酒場」(細川たかし)は日本レコード大賞を受賞。「今は幸せかい」(佐川)「わたしの青い鳥」(桜田淳子)「そして…めぐり逢い」(五木ひろし)など多数。「スター誕生!」「笑っていいとも!」などテレビにも出演。95年に奈良県知事選、96年に衆院選に立候補も落選した。