ガッツ石松(73)の拳を目の当たりにして、その大きさと、すごみに戦慄(せんりつ)すら覚えた。8月24日に都内で行われた映画「AKAI」(9月9日公開)完成披露舞台あいさつに、石松が来場した。同作は、石松の後輩で世界戦にも挑んだ元プロボクサーで俳優・タレントの赤井英和(63)の人生を、長男で自身もプロボクサーの英五郎監督(27)が撮影、編集したドキュメンタリーだ。その作品を見るために、石松は来場した。

石松にとって、赤井はエディ・タウンゼントトレーナーを、ともに師と仰ぐ弟弟子に当たる。また劇中で映像が紹介される、1983年(昭58)7月7日に赤井がブルース・カリーに挑戦し7回KO負けした、WBC世界スーパーライト級王座戦で、テレビ中継の解説を務めた縁がある。また、赤井が83年10月の再起戦で10回判定勝ちした新井容日は、その5年前の78年6月には石松が10回判定負けして引退に追い込まれており、先輩、後輩の因縁は深い。

舞台あいさつ前に、赤井父子と石松が控室で対面したところを取材した。その際、石松は取材陣から「ガッツポーズ、お願いします」とリクエストを受けると、拳を握り締めた。その拳は、7月の東日本新人王ミドル級4回戦でプロ初勝利を挙げた現役、しかも4階級も上で46歳も年下の英五郎監督と比較しても、大きくすら感じられた。

その後、行われた上映前の舞台あいさつの中で、石松は司会のフリーアナウンサー笠井信輔から紹介されると「OK牧場! OK牧場!」と連呼しながら両手でガッツポーズ。さらにフォトセッション時に、赤井から「この映画は、ガッツ先輩も出ていらっしゃいますんで先輩、真ん中で」と呼びかけられると、登壇の予定はなかったものの快く登壇し、檀上でもガッツポーズを披露した。

そして、74年4月11日にロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)に8回KO勝ちし、WBCライト級王座を獲得した試合で飛び出した、ガッツポーズのエピソードを熱く語った。

石松 皆さん、あの、ガッツポーズってあるけどね。これはね、ガッツ石松がやったポーズが、ガッツポーズって言われるようになったんですよ。私が世界チャンピオンになって…私は(世界王者になる前に)11回負けて5回引き分けたんです。なれるわけないという発言もされた。だけど、経験を積んでチャンピオンになった。その時に「やったぞー」って言って、ポーズをやったことで、ガッツ石松の勝利のポーズからガッツポーズと言うようになった。特許、取っておけば良かったね。

石松の戦績は51戦31勝(17KO)14敗6分と負け、引き分けが多いが、全日本ライト級新人王、OBF(東洋)ライト級王座、WBC世界ライト級王座を獲得した。ライト級の体重の上限135ポンド(61・235キロ)は、世界各国の成人男性の平均的な数値と言われるだけに、全階級でも屈指の層の厚さを誇る。そんなライト級で、石松は世界屈指のボクサーたちと、しのぎを削ってきた。

世界戦前に喫した11敗のうち、5敗の相手は世界王者経験者だ。中でも、世界王者になった前年の73年9月8日のWBAライト級王座戦で10回TKO負けした、ロベルト・デュラン(パナマ)はライト、ウエルター、スーパーウエルター、ミドルの4階級を制覇した、ボクシング史に残る名王者だ。中でも全盛期と言われるのが、石松が戦ったライト級王者時代で、10連続KO勝ちを含む12度の防衛を果たした。

また、5引き分けのうちの1つは、64年にフェザー級で東京オリンピックに出場後、プロに転向した高山将孝の、日本ライト級王座戦に挑戦した際のものだ。その高山も、石松が戦った翌年の74年にデュランの王座に挑み、1回TKO負けした世界挑戦者だ。

アジア人として、初めて世界ライト級王座を獲得した石松は、5度の防衛に成功した。74年11月の2度目の防衛戦で、前王者ゴンザレスを12回KOで返り討ちにすると、75年2月の3度目の防衛戦では、72年6月の3度目の防衛戦でデュランに13回TKO負けでWBA王座を失った、ケン・ブキャナン(英国)に15回判定勝ちと、世界王者経験者を連破した。

76年5月の6度目の防衛戦で、エステバン・デ・ヘスス(プエルトリコ)に15回判定負けを喫して王座を失ったが、そのヘススも72年には無冠戦ながらデュランを10回判定で破り初黒星をつけた強豪だ。ヘススは、石松から王座を奪う2年前の74年に、デュランのWBAライト級王座に挑み11回KO負けしたが、石松からWBC王座を奪うと、3度の防衛に成功。そして78年1月には、デュランとWBA、WBC王座をかけた統一戦で3度目の決着戦を戦い、12回TKO負けした。

一方、石松はヘススに負けた翌年の77年2月に、1階級上のスーパーライト級のWBC王者センサク・ムアンスリン(タイ)に挑戦も、6回TKO負け。2階級制覇を逃すとともに、世界戦で2連敗した。そのセンサクも、ルンピニー・スタジアムのスーパーライト級王者に輝いたムエタイの実績を引っ提げ、74年に国際式ボクシングに転向すると、翌75年にわずか3戦目でWBCスーパーライト級王座を獲得。世界王座奪取の史上最短記録は、47年たった今も破られていない。さらに同王座を通算8度、防衛しており、実力は評価されている。

そんなボクサー石松の歴史が、拳を見た瞬間、走馬灯のように脳裏に浮かんだ。73歳になっても、大きな石松の拳には、世界ボクシング史の偉大な歴史が刻み込まれている。米老舗ボクシング専門誌「ザ・リング」選定のパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を超越した最強ボクサー)ランキングで、WBAスーパー、WBC、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(29=大橋)が日本人初のトップにランクされたことも、広く報じられた今、石松のプロボクサーとしての、すごさを若い世代にも知って欲しいし、当時の映像も見て欲しい。「OK牧場!」とは、ひと味もふた味も違う顔を見ることが出来るはずだ。 【村上幸将】