「日本に生まれてよかった」と思う瞬間が時折やってくる。我が国伝統の文化や芸能にふれあう瞬間だ。大相撲や囲碁将棋、落語などは何とも言えない日本的な味わいがある。中国で生まれ日本で独自の発展を遂げたマージャンも、これに近い。
で、歌舞伎である。8代目尾上菊五郎襲名披露「七月大歌舞伎」目当てに、大阪松竹座に行ってきた(公演は24日まで)。歌舞伎界の誇る大名跡の襲名。菊之助(47)が8代目菊五郎を名乗り、その息子の丑之助(11)が6代目菊之助を継ぐ。この「襲名」という制度があって、何百年も受け継がれてきた歌舞伎の伝統。8代目よりも年長のわたしにとって、菊五郎の襲名を目撃するのは最後のチャンスとなるだろう。
今回も昼の部・夜の部とあるが、こうした興行では、必ず口上のある方に行く。襲名する当人を囲み、歌舞伎界のお歴々がお祝いの言葉や、ちょっとしたエピソードを語るのが楽しいのだ。
口上では、菊五郎と菊之助を囲み、片岡仁左衛門、中村扇雀、片岡孝太郎、中村歌六、中村鴈治郎、坂東彌十郎、中村錦之助が順にメッセージを贈った。これだけの顔ぶれが裃(かみしも)姿で舞台に並ぶだけでも壮観そのもの。81歳の仁左衛門が若々しい声を客席に響かせると、こちらまでワクワクしてくる。
3階席(6000円)から身を乗り出すように、舞台に目をやった。距離がある分、必死で表情を読み取った。お芝居を見るよりも、集中していた。
孝太郎は「次男の幼稚園が菊之助さんと同じ。ありがたいことに制服を譲っていただきました」と言って、客席の笑いを誘った。隣に座っていた年配のご夫婦が「孝太郎って、そんなに小さな子どもがいたんや」とポツリ。のちほど調べてみると、4歳の次男がいる。孝太郎は53歳でパパになっていた。
彌十郎は、十数年前に菊五郎と地方公演に行って「おいしいお酒とお料理で楽しい時間を過ごしました」と振り返った。
最後に、菊五郎と菊之助がそれぞれ気持ちを込めてあいさつ。音羽屋の歴史を背負っていく覚悟を示して、場内から温かい拍手と声援を浴びていた。
口上は、たとえば吉本新喜劇の座長就任や、浪曲の京山幸枝若の人間国宝認定記念公演でも行われた。やはり歌舞伎の場合は少し異質で、独特の緊張感が張り詰める。それは何代にもわたって受け継がれた伝統の重みであり、それぞれの家が芸を競い合う世界だからか。
吉本新喜劇も、上方落語も、歌舞伎もわたしは見る。日本に生まれてよかったと、心から思う。【三宅敏】



