20日に古希を迎える歌手アグネス・チャン(69)が、16日に都内で150人を集めて新刊「70歳、ひなげしはなぜ枯れない-心も体もしなやかでいられる45のヒント-」(ワニッブックス)の発売会見とバースデーライブを開いた。

ライブでは1972年(昭47)のデビュー曲「ひなげしの花」をはじめ、「草原の輝き」「小さな恋の物語」「星に願いを」「ポケットいっぱいの秘密」などアイドル時代のヒット曲を熱唱。今月30日に64歳になる記者にとっては、全て歌詞を口ずさめる楽しいライブになった。

最近、コンサートに行くたびに、かつて“歌姫”と言われた歌手が、声が出なくなっている現実を目の当たりにした。自分自身の年齢も思い知らされて悲しくなっていたのだが、アグネスは十二分にアイドルしていた。かつてのハイパーボイスとはいかないまでも、駆け出しのアイドル歌手よりは、アイドルらしい高い声で聞かせてくれた。

そんな風に感激していたのだが、ふと気が付いた。アグネスのライブをちゃんと聞いたのが初めてであることを。アグネス担当を最初に拝命したのは確か1990年(平2)、いまから35年前のことだ。92年に加勢大周主演の日本テレビ系連続ドラマ「ポールポジション!愛しき人へ…」の香港ロケを取材した時に、アグネスのマネジャーとバッタリ会って、実家からの香港の夜景まで見たことがあるというのに……。

よくよく考えると、取材を始めた当時のアグネスは米スタンフォード大に留学中。休みの期間に日本に帰ってきてというか、香港の実家に帰る前後に日本にやってきてタレント業をこなしていた。取材をすることはあっても、多くは“文化人タレント”アグネス・チャンだった。

92年のデビュー20周年のコンサートも全く記憶にないので、きっと音楽担当の先輩記者が行ったのだろう。当時はネットがなく、トレンディードラマ全盛時代。元フジテレビ専務で前関西テレビ社長の大多亮さんの連載「ヒットのツボ」とか、放送作家高田文夫さんの連載「楽屋の噺」などを担当しており、コンサート取材に行った記憶がほとんどない。

北島三郎モスクワ公演、山本譲司の大島公演、キーウェストクラブデビューライブ、酒井法子の中野サンプラザコンサート、かとうれいこコンサートくらいだ。日本に来るたびに成田空港まで取材に行っていたテレサ・テンもカラオケでは歌っていたが、コンサートに行った記憶がない。たくさん取材した美川憲一も、東京・麹町の日テレGスタのバラエティー「夜も一生けんめい」の収録で歌ってる姿は毎週のように見ていたが、コンサートは人に頼まれてチケットを取ることはあっても、当時は見た記憶がない。

もしかしたら、還暦を過ぎて記憶力も落ちたのか、取材をしたことを全て忘れてしまっているかもしれない。それでも、老いを感じさせないアグネスの歌声に大満足、若返らせてもらったコンサートだった。【小谷野俊哉】