「政権が終わらないと、ダメだと思います」
この一言で場内が沸いたのは、政治家が議論し合う場でもなければ、デモが展開される真っただ中でもない。東京都内の映画館・テアトル新宿である。
同劇場で20日に行われた、第35回日本映画プロフェッショナル大賞授賞式後に「日本映画とミニシアター」と題したトークショーが行われた。賞の実行委員長を務める映画ジャーナリストの大高宏雄氏は冒頭で、大手のシネコンチェーンとは対極にある、ミニシアターと呼ばれる単館系の映画館の中でも老舗のシネスイッチ銀座が、10月25日をもって閉館し、71年の歴史に幕を下ろすことに触れた。
一方で、終盤には「経済産業省がコンテンツ事業に、かなり力を入れて、支援…出資じゃない、投資ですね。小・中規模作品ではなく、大型作品へ投資していく」などと言及。その上で、登壇者の東京・渋谷の映画館、ユーロスペースの北條誠人支配人に、同劇場をはじめとしたミニシアターへの支援は「ないじゃないですか? 支援体制は、どう思いますか」と投げかけた。
北條氏は「文化庁が、中・小規模の作品には(助成金を)出していますが、この国は映画館に対しては、とても冷たいので、全く。コロナの時に直接、文化庁や経産省の担当者に直訴しに行ったんですけれども…」と答えた。
コロナ禍が世界を襲った20年に、舞台、ミニシアター、ライブハウスの3者で展開した文化芸術への支援を求めるキャンペーン「#WeNeedCulture」は、文化庁が募集した「文化芸術活動の継続支援事業」の改善を求めた。同氏も一員に名を連ねており、ミニシアターに関しては経営、運営は民間ながら、人々が集まり、地域においてパブリックな役割を果たす面が多分にあると主張。にもかかわらず、文化庁の助成の対象はイベントなどの新規事業が中心のため、運営自体に支援をして欲しいと訴えた。
北條氏は、担当者から「自分の町で『良い映画をやっている映画館に助成をしてください』という意見と『とてもおいしい魚を売っている魚屋さんが大変なので支援してください』ということは私たちにとっては同じ」と言われたと振り返った。
その上で「言われた瞬間に、文化論では、まともに戦えない、映画が文化だからというだけで特別に支援枠は作れないと、遠回しに言われたと思った」と、当時の心中を吐露。大高氏から「これからも、難しいですかね?」と問われると「ちょっと難しいと思います」と答えた上で、冒頭の発言を口にした。
日本映画プロフェッショナル大賞授賞式の10日前の、10日付日刊スポーツの社会面に、新作「箱の中の羊」が公開中の、是枝裕和監督(63)のインタビューを掲載し、ウェブでも配信された。その中で、大高氏がトークの中で言及した経産省の文化芸術コンテンツ・スポーツ産業の海外展開促進事業に向けた新たな補助金などについて触れた。
詳しくは当該原稿を一読いただきたいが、簡単にまとめれば、政府は33年までにエンターテインメント・コンテンツ産業の海外売り上げを、自動車産業(24年21兆6000億円)並の20兆円まで成長させると官民目標を掲げた。その方向性の中、経産省が製作費3~8億円の中規模作品へ2億円を上限に公的支援する補助金「JLOX+」に代わって、今年から公募を始めた「IP360」は、支援の対象が製作費8億円以上の大型作品であることを紹介。是枝監督は「(支援対象の)製作の形態に偏りがある。内容に口を出さないと言っておきながら、かなり口を出している」と国を批判し「国策化する方向に寄りかかり過ぎると失敗する」と警鐘を鳴らした。
紙面では、IP360を軸にテーマを絞ったため触れなかったが、是枝監督は「これだけコンテンツ産業に予算を増やすんだったら、文化庁の予算も増やしていただいて」とも言及。具体的な予算の使い道として、映画、関連資料の収集・保存・研究・復元などを行う日本で唯一の映画専門機関・国立映画アーカイブが「ちゃんと仕事できるようにしていく」ことや、ミニシアターを「どう守るか」の2点を挙げた。
是枝監督のインタビューの掲載から15日後の25日には、国立映画アーカイブが会見を開き、この日から目標の支援金額を1億円に設定したクラウドファンディングを開始したと発表した。その背景には、文化庁から独立行政法人国立美術館に支給され、各美術館に分配される運営費交付金配分額が、令和6年度の6億8291万7000円から今年度は3億5856万円と2億円以上、大幅に減額されたことがある。
冨田美香学芸課長は、今年度の運営費交付金は「人件費も、任期満了の人の後任を採らない形で削減。光熱費、設備投資費を積み上げた」固定費の4億4172万円にも満たないと説明。一方で、自己収入目標額が5442万1000円から2億4873万円に跳ね上がり「この状況が来年度以降も続く場合は、日本唯一の国立のフィルムアーカイブが存続の問題になりかねないとの危機感があります」と訴えた。財政構造を変え、安定して運営していくため、クラウドファンディングに踏み切った。
会見に登壇した、映画監督で東京芸術大学大学院映像研究科の諏訪敦彦教授は「あらゆる監督が、どういう作家か知る意味で、教育的な側面においても重要な役割を担う中枢」と、国立映画アーカイブが次世代の映画人の教育に重要であると強調。「芸大では、文化庁から支援をいただきながら、国際的に活躍できる人材育成を始めています。やはりフィルムで映画を見せる意味も取り上げていきたいし、国立映画アーカイブと連携しながら次世代の映画人の育成へ歩を進めていきたい」と続けた。栩木(とちぎ)章館長も「社会において、アーカイブをすることが、どれだけ未来の人のために必要なことか」と訴えた。
「次世代の映画人の育成」「未来の人」という言葉を聞いた瞬間、国立映画アーカイブで6月2~28日にかけて特集上映「映画監督 是枝裕和」が組まれた是枝監督が、会見4日前の21日に都内で開催した「箱の中の羊」のティーチイン舞台あいさつが脳裏に浮かんだ。
同監督は終盤で、26歳の女性から「映画監督をやっていて、撮影した後、ここに来ました。お金がない時のスランプの時期を、どう乗り越えましたか?」と問いかけられた。「製作費が集まらないの?」と返すと、女性は「そうですし、生活もままならない中、正直、作りたいという意欲も削り取られる。本当は映画が見たいのに、TikTok(ティックトック)を見ちゃうみたいな生活が、悲しくなる」と訴えた。
記者は、2月9日の当欄に「映画の年間興収新記録『うれしいお知らせ』の一方、引っかかった料金2000円 高級娯楽と化した現状」と題した原稿を書いた。一般の鑑賞料金が2000円に上がったことで「映画は富裕層の娯楽」と感じる人がいる、ということなどを書いたが、6月に入り、複数のシネコンチェーンから、さらなる値上げの発表がなされた。記者の周りでも「映画が高くて見に行けない」という声は、幾つも出ている。
国が、コンテンツ産業の成長=金もうけに前のめりになり、是枝監督の言葉を借りるならば「IP(知的財産)で外貨を稼ぎましょうという企画に乗っかりますという話」と“金のなりそうな木”への投資に注力する。一方で、この先、映画=コンテンツを幾つか生み出していく可能性を秘めた若き女性監督が、生活すらままならないと嘆き、悲しむ、もう1つの現実がある。2000円以上の鑑賞料金では、高くて映画を見られないという観客もいる。そこに、記者は大きな矛盾と疑問を感じずにはいられない。映画は大衆娯楽であったはずだからだ。
一方で、映画はエンターテインメントだが映像、音楽をはじめ、さまざまな要素が1つになった総合芸術でもある。また、ドキュメンタリーのみならず、フィクションであっても撮影・製作された時代が克明に映像として残る、時代を記録する役割も持つ、重要な文化だ。
映画も産業である以上、収益は上げないと業界は成り立たないし、維持できない。一方で、次世代の映画人を育成するための費用や、映画を後世に残していくことであったり、映画を文化として大切にしていくことは顧みられていないと、2026年に入り、日々、現場を回る中でつくづく感じる。
少しでも、改善していくために、映画記者としてできることは、常にアンテナを張り、取材し、関係者やファンと対話し、こうした原稿を書いて、世に投げかけていくことしかない。【村上幸将】



