「選挙の神様」と呼ばれ、これまで数々の選挙に参謀として携わった選挙プランナー藤川晋之助さんが3月11日に急逝した。この15年ほど、取材でお世話になった。病を抱え、治療をしながら、さまざまな選挙に携わっていたのは知っていたが、こんなに早くお別れの時が来るとは、思ってもみなかった。葬儀は親族や近親者のみで営まれ、5月9日に、東京都内で「送る会」が行われ、約500人が参列した。
会場に設置された、ありし日の藤川さんの写真に、白いカーネーションを手向け、お別れを告げてきた。参列者の中には、藤川さんとのコンビで昨年の東京都知事選を戦い、藤川さんの当初の予想も大きく上回る約165万票を獲得した石丸伸二・前広島県安芸高田市長の姿もあった。新たな政治団体「再生の道」を立ち上げ、今年の東京都議選と参院選に候補を擁立すると発表した石丸氏だが、今回はプレーヤーではなく党代表の立場で臨む。
昨年末、藤川さんにインタビューした際、新党設立に向けた報告に訪れた石丸氏に対して「選挙をやることと、新党をつくるのは根本的に違う。選挙は2、3カ月、わーっとやれば結果が出るが、新党は何年も積み重ねなければならず、選挙に出る時みたいな気持ちでは前には進めない。覚悟がいるぞ」と伝えた、と聞いた。石丸氏の新たな試み自体には大きな期待を寄せていたが、党を立ち上げることの大変さについて、当事者ならではの経験を伝えたかったのだと思う。「石丸新党」の立ち上げを前に、自身の右腕的なスタッフを石丸氏のもとに送り込んでいる。
そんな藤川さんは今年2月、日本初の犬猫の保護に特化した政策を掲げた「12(ワンニャン)新党」の選挙対策委員長として、新党のお披露目会見を行った。タレントのデヴィ夫人(85)が代表、実業家が共同代表に就任。候補者擁立などの実務責任者を依頼された藤川さんは、国会近くにあり、かつて多くの実力者が事務所を構え「権力の三角地帯」と呼ばれたビルの1室を押さえて事務所とし、準備を進めていた。オープン前の事務所に呼ばれた際、藤川さんに「新党ができていく過程というものを、ぜひ見ておいてほしい」と言われた。さまざまなアイデアを語る姿は、相当楽しそうだった。
ただ、藤川さんの急逝で、「12平和党」は結局、解散に。デヴィ夫人が暴行容疑で書類送検されたことに伴い、目指した日本国籍再取得が見通せなくなったこともあるが、結局は、藤川さんという絶対的なまとめ役がいなくなったことが大きかったようだ。「私にとっても集大成。必ず勝ってみせる」と意欲を見せ、5議席獲得といった野心的目標も掲げた藤川さんだったが、願いがかなうことはなかった。
12平和党に象徴されるように、新党というものは仕切り役がいて初めて成り立つものだと実感する。表舞台に出てくる「顔」はもちろん大事だが、水面下の司令塔が機能していないと、なかなかうまく回らない。1990年代前半から政界の取材を続けているが、選挙に合わせていくつもの新党ができても、離合集散もあるが、その多くがすでに消えてしまった。現在ある立憲民主党や日本維新の会、国民民主党やれいわ新選組なども、新党から始まった政党だが、続いていくには党の運営を回す仕切り役の存在抜きには厳しいのではないかと感じる。
先日には今夏の参院選に向けて、AIエンジニアの安野貴博氏が「チームみらい」を立ち上げ、自身を含めた10人以上を擁立すると発表し、話題になった。現段階では安野氏以外の候補者は明らかになっていないが、石丸氏と同じように、安野氏が事実上の「一枚看板」となりそうだ。一方、安野氏が外郭団体のアドバイザーとして関わっていた東京都の小池百合子知事は9日の記者会見で、「政党を回していくというのは、結構な労力がかかる」と話していた。日本新党や新進党、自由党、保守党、都民ファーストの会、希望の党など数々の新党の準備や仕切りにかかわった経験があるだけに、なかなか実感がこもっていた。
ある永田町関係者は、今回、新党が相次ぐ背景を「石破政権は苦境にあり、参院選で与党が負ける可能性はゼロではない。圧倒的な1強政権時代には、新党はできても政権を脅かすまでの存在にはならないが、今の石破政権下での選挙なら、存在感をみせるチャンスがあるかもしれない」と、期待も示す。今回、参院選に挑戦する複数の新党が、どこまでの存在感を示せるのか。藤川さんが生きていたら、12平和党の戦いぶりも含めてどんな視点を持っていたのか。話を聞いてみたかった。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)


