04年12月を最後に廃止された高崎競馬場。その建物を場外発売所として活用してきたバオー高崎が23日、移転前の最後の営業を終えた。競馬場だった時代は何度も足を運んだものだが、場外発売所となってからは行けずじまい。移転が発表されてからも機会がなく、この日を迎えてしまった。

最後までバオー高崎として使われていた建物は食堂などが入っていたと記憶する。2階でソースカツ丼を食べながら馬券検討をしたこともしばしば。もっともそれは築地の日刊スポーツにアルバイトで勤務していた96年4月まで。岩手競馬の専門紙に就職してからは重賞の取材で数回、訪れただけだった。そんな自分の記憶より、騎手として高崎で一時代を築いた水野師は父の厩舎に所属していたのだから思い出も濃いはず。だが「生まれたころは競馬場の周りに厩舎があったけど、覚えているのは境町のトレセンに行ってから」とのこと。トレセンが開設されたのは76年。73年生まれの師にとって競馬場はあくまで仕事場だったようだ。

高崎駅から徒歩で行けた高崎競馬場。バオー高崎は現在の岩押町から6キロほど離れた京目町に移転する。関越道の高崎インターからは近く、車でのアクセスは悪くなさそう。移転初日の28日にはオープニングセレモニーやトークショーなどの記念イベントも行われるとのことだ。移転によって競馬場の面影は薄れるだろうが、水野師も「場外でも一応、残るから」。競馬の火が高崎から完全に消えたわけではない。【牛山基康】