ダービーのパドックには特別な雰囲気を感じます。お客さんが10万人以上も集まる競馬場でザワザワしているのに、出走馬が入ってきた途端に、シーンと音が消えていくんです。おそらく、みんなが食い入るように馬を凝視するからでしょう。海外も含めて、たくさんのG1を見てきましたが、あの感じはほかのどこにもないものだと思います。

07年のダービーをウオッカで制した角居調教師(左から2人目)は谷水オーナー、四位騎手らと口取りに臨む
07年のダービーをウオッカで制した角居調教師(左から2人目)は谷水オーナー、四位騎手らと口取りに臨む

私にとって初めてのダービー出走馬がウオッカでした。自分の緊張もあったと思いますが、当日はまさに、そんな空気感でした。ただ、彼女はことのほか落ち着いていました。一般的に、どちらかというと牝馬の方が度胸があり、牡馬の方がソワソワするものです。発情の時季でもあり、パドックでは「一番後ろを歩いてほしい」と言われました。フケはきていませんでしたが、1頭だけ牝馬がいることで、牡馬たちが集中できなくなるからです。

もともとウオッカは気後れするような性格ではありませんでした。それも良かったと思います。2歳の頃から調教でハットトリックやデルタブルースといった年上のG1馬と併せても、格負けするような感じはなかったほどでした。

その一方で、私自身は肩身の狭さも感じていました。ウオッカを出走させることで、他の陣営からすると出走枠が1つ減ります。あの年は結果的に、ダービーに強い思いを持っておられた橋口弘次郎先生の馬が出られなくなり、連続出走を止めてしまいました。先生は優しい方なので怒られたりはしませんでしたが、勝った後にニヤッと笑って「欲どしいな」とおっしゃられたのを覚えています。

勝ってからの重圧はさらに大きかったです。「ダービー馬」の看板に「牝馬の」という肩書が加わり「歴代の馬に恥じない馬にしないと」とか「勝たさなきゃ」という気持ちにさせられました。「たまたまダービーを勝ったのか」と言われるわけにはいきませんから。苦しかったですが、今から思えば、いい経験をさせてもらいました。

今年のダービーには牝馬のレガレイラが挑戦すると聞きました。人間でもそうですが、一般論として競走馬でも3歳春の時点では牡馬よりも、牝馬の方が成長が早いと思います。その中で負担重量が2キロ軽いのも有利でしょう。ウオッカ以降は牝馬が勝っていませんが、きっとまた勝つ馬が出てくると思います。