W杯優勝は、地球上で完結できる !!

 「W杯優勝」を公言する日本代表MF本田圭佑(26=CSKAモスクワ)が日刊スポーツだけに語った「本田理論」の最終回。テーマは「自戒」から「宇宙」そして最後は「W杯優勝」のその先にまで及んだ。【取材・構成=八反誠】

 本田圭佑という男はピッチではプレーで局面を変え、言葉と、ある時は沈黙で信念によりピッチ外の空気も変えていく。公言する「W杯優勝」。このフレーズも少しずつ、現実味を帯びてきている。

 「最初はだれも信じてなかったのが、今では、また言ってるよという反応に変わった。これだけでも大きな変化だと思う」

 W杯南アフリカ大会前の10年5月。会見で当時の岡田武史監督が掲げた目標「W杯4強」について「ベスト4ではなく、優勝を目指していいと思う」と言い切った。あれから3年。「W杯優勝」と小学生のころから言い続けている。状況が変わったというより、変えたと表現した方がしっくりくる。代表メンバーでも長友佑都や遠藤保仁、香川真司ら主力が追随する。そんな中、本田は自分を戒めようとしていた。

 「ワールドカップ優勝については、口に出してそう言ったことによって、俺がすごいことを言っているという感じになっている面もある。まわりの驚く姿なんかを見て、途中から俺はすごいことを言っていると勝手に錯覚してしまっている自分もどこかにいた。この、すごいことを言っていると少しでも感じてしまっている自分自身を、戒めないといけないと思っている」

 現状に納得などしない。ただ唱えるだけではなく、本気で「W杯優勝」を成し遂げようとしているのだから。

 思考は1歩も2歩も先を行く。実現のための道筋からはネガティブ(否定的な)思考を排除。ポジティブ(前向き)に、常人とは違う道を行く。身の回りの小さなことにも目を向ける。モスクワに暮らし4年目。人口1000万超の大都市の中心部。南西の大きな交差点に、天に向かってスッと伸びる1度目にしたら忘れられない巨大モニュメントがある。銀色に輝くガガーリン像だ。本田は、宇宙という壮大なスケールの事象からも大きな刺激を得ていた。

 「世の中には俺なんかよりすごいことを考えている人がいて、実現した人がいる。ロシアには、結構前になるけど宇宙に行ったガガーリンがいた。宇宙っていうのはすごい。1人ではなく、まわりの力もあったにせよ、あの時代(1961年)に地球から宇宙に行ったんやから。それ(人類初の有人宇宙飛行)に比べたら、ワールドカップ優勝は地球にいて地球上でかなえることのできる話。できないはずがない」

 どこか強引な理論ではある。ただ、サングラスを外してまるで射抜くような視線をこちらに送り、楽しそうに生き生きと語る本田と向きあう。そうすると、できないことなどない―。こう思えてくる。これこそがいま、日本代表の主力を刺激し世の中を引き込む「本田理論」のマグマに違いない。

 「だからこそ、この2つ(W杯優勝と人類初の有人宇宙飛行)だけでも比較した時、俺はすごいことを言っていると心のどこかでまわりの反応を見て少しうれしくなったり、驚かせているぞと思っている自分は〝違う〟とみなさないといけない。じゃないと、俺の目標は超していけない。ワールドカップ優勝というのは通過点だと思っている。続きはいっぱいある。それが何かはここでは言わない。ただ、俺の考えている続きに宇宙はなかった。宇宙っていう発想はすごいよね」

 本田は「W杯優勝」より先を見ていた。「通過点」とさえ言ってのけた。「W杯優勝」の向こうに幾つものビジョンがある。W杯ブラジル大会開幕まで369日。この男の描く未来は果てしない。(おわり)

 ◆ガガーリン

 ロシアの宇宙飛行士。1961年4月にボストーク1号で世界初の有人宇宙飛行に成功した。「地球は青かった」という、大気圏外から初めて地球を見た感動の名せりふを残したとされる。

 「本田理論」は、子供たちにも伝えられている。自身がプロデュースするサッカースクール「ソルティーロ」は、大阪と神戸に計7校、今月には東京・清瀬、新大阪にも新設された。そこでは小学生らを中心に「夢は人を大きくする。夢は人を強くする」の理念の下で、個人で判断のできる選手の育成を続けている。サッカーだけでなく人間教育も目指して海外からも指導者を招き、英会話教育にも積極的だ。カリキュラムは全て、本田の意向に基づいている。

 今回の企画は、今年1月に沖縄・石垣島で行っていた自主トレ取材から始まった。ケニア人ランナーと走り込み、限界まで自らを追い込んだ後に、本田が引き揚げるのを待った。夕暮れの練習場。汗だくで、肺の奥から吐く息は荒い。とっくに限界を超えているはずなのに、彼は蹴り始めた。キックの感触を確かめるように、ゴール枠に当てる。

 10本、20本…。静寂の中にボールを蹴る音だけが響く。軽く100本を超え、300本近くに差し掛かった頃、月の光だけになった。見守っていた事務所担当者と八反記者、私に向かってこう言った。「先に帰っていいで。腹減ったやろ。俺はまだ帰らへんから」。しばらくして、ようやく蹴り終えた時、月は雲に隠れ、真っ暗になった。

 「あとは信じようってことやね。この時代に本田圭佑がいることを―」。

 企画の第1回に書いたこの言葉を聞いた時、心が震えた。原稿を書く時、指が震えた。努力や信念、そんな文字では書き表せないほど、本田は自分を極限まで追い詰めている。「W杯優勝」―。彼の言葉にうそはない。彼の行動にもまた、うそはない。【日本代表担当=益子浩一】