逆転勝利は、まさに「練習の成果」だった。

 2点を追う後半21分、浦和DF槙野智章(29)は右サイドに流れていたFW興梠のセンタリングを、頭で合わせて得点した。

 実はこの形、数日前に練習していた通りのものだった。17日、広島市・広域公園補助競技場。翌日、隣のエディオンスタジアム広島で行われる広島戦に向け、最終調整を行っていた選手たちは、居残りでシュート練習を始めた。

 左右からのクロスボールに、興梠や槙野、MF李らが合わせる形を入念に繰り返していた。しかし途中で興梠が「念のためにやっとくか」と右サイドに移り、クロスを上げだした。

 「慎三くんが上げて、オレが飛び込む。この形、あるかなあ」。苦笑いした槙野だが、すぐに表情を引き締め、ゴール前に飛び込むタイミングを入念にはかった。李も同様だった。

 「得点の場面は、僕の前に阿部選手が飛び込んで来ていたので、僕は『スルー!』と言いました。そして僕の後ろの李選手も、僕に向かって『スルー!』と(笑い)。みんないいタイミングで来ていたので、僕じゃなくても、誰かが決められていたんじゃないかと思います。練習のたまものですね」

 槙野はさらに「記者のみなさんも、ごらんになっていたから分かると思います。2点目も、練習した通りでしたね」と続けた。

 21日に大原サッカー場で行われた、東京戦に向けた最終調整。普段は11対11のハーフコートゲームを課すペトロビッチ監督が、珍しく守備側の選手をそろえない形で、主力組に攻撃の形を確認させた。

 その最後の方で、指揮官は「マキ、マキ」と繰り返し、槙野を中心にした攻撃を促した。GKからパスを受けた後、いったんボールをボランチに預ける。そして前線に走り、1トップの興梠からのパスを受けてシュートする、という形を繰り返させた。

 この時も槙野は内心「こんな形、あるかなあ」と思ったという。しかし後半27分の2得点目は、前方の興梠からのパスをダイレクトで打って決めた。

 ハーフバウンドのボールを、上からうまく押さえ込むように打った、会心の一撃。しかしその手応えよりも「ホントにこの形で決まるんかい」という驚きの方が、強く心に残った。

 5月8日大宮戦以来となる、リーグ戦勝利に導く貴重な2発。同時に「信じて続ける大事さ」を、槙野の心にあらためて強く刻んだ。

 リーグ戦3連敗目となった前節のアウェー広島戦後には、メーンスタンドの浦和応援エリアから、選手に向かって水がかけられた。

 水が飛んできたあたりを、槙野はしばらく厳しい表情で見ていたが、スタッフにうながされて退場した。負け続けたことで、目指すサッカーの方向性にも疑念を向けられている-。そう、肌で感じた。

 東京戦でも前半に2失点。スタジアムも重苦しい雰囲気に包まれた。しかしペトロビッチ監督はハーフタイムにロッカールームで「今日はいいサッカーをしている。必ず勝てる」と断言した。

 言葉通り、チームは逆転勝利した。得点自体も、偶然も手伝ってはいるが、まさに練習した通りの形だった。試合後、槙野は言った。

 「ここまで負け続けましたけど、切り替えるというよりも、原点に立ち返るという感じで考えていました。チームは今日、出発前の宿舎でミーティングをしました。状態がよかった4月ごろと比べて、何ができていて、何ができていないのか。映像を見て、意見も交換しながら、見つめ直すことができました」

 ボール保持時も槙野、DF森脇の両ストッパーが上がらず、最終ラインでのパス回しに加わるなど、相手カウンター対策のマイナーチェンジはあった。

 しかしペトロビッチ監督が提唱する攻撃サッカーの根幹は変えず、再起の勝利を逆転で飾った。今は自分たちの目指す方向性を信じて戦うのみ。苦境を乗り越え、槙野が1つの確信に至った。【塩畑大輔】