新潟の象徴FW矢野貴章、涙の退団報告「愛着ある」

J2新潟のFW矢野貴章(35)の今季限りでの退団が決まった。

22日、クラブが来季契約を結ばないと発表した。10年W杯南アフリカ大会に新潟の選手として初めてW杯出場するなど合計8年半在籍した。現役続行を希望し、今後は移籍先を探す。19日に契約満了が発表されたGK野沢洋輔(40)に続き、新潟の一時代を築いたベテランがチームを去ることになった。同日、MF小川佳純(35)、MFチョ・ヨンチョル(30)の契約満了も発表された。

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矢野が涙を必死にこらえた。「ダメですね…」。練習後、報道陣の前で新潟での思い出を張り巡らそうとすると涙腺が緩んだ。「日に日に新潟が好きになっていった」。06年に柏から移籍加入。その後もフライブルク(ブンデス)に移籍後の12年に復帰、そして名古屋から17年に再び新潟へ。計3度、新潟に入団した。「いちばん愛着のあるチーム」(矢野)から、これが3度目の旅立ちになった。

「いつかはこういう時がくるので仕方ない」。今季はここまで31試合出場で2得点。先発は4試合で後半途中出場が中心。出場時間こそ短いが高さと走力は相手に脅威を与えた。「応援してくれる人たちのためにも、今年はJ1に入りたいという気持ちがすごくあった」。昇格を逃した悔しさに、新潟を去る寂しさが重なった。

06年に33試合に出場し、不動のFWになった。ゴール前に攻め込んだ後、自陣の守備に戻り、さらにカウンターで前線へ全力疾走。ひたむきに走る姿は“新潟らしさ”の象徴だった。「自分の力が出せるようになってきた時期に新潟で使ってもらえた」。ステップを駆け上がり、10年W杯の日本代表入り。選手として飛躍したのが新潟だった。

今後も現役は続行。「4度目の入団会見はないでしょ」と笑いながら「2度あることは3度あった。続けて頑張っていれば、何かあるかもしれない」と“新潟愛”を漂わせた。残るは最終節の長崎戦(24日・デンカビッグスワンスタジアム)。「いつもと同じように得点を狙っていく。アルビにとっても、来年につながる試合だし、僕も勝ちたい」。最後の全力プレーをサポーターにささげる。【斎藤慎一郎】

 

◆矢野貴章(やの・きしょう)1984年(昭59)4月5日生まれ、静岡県出身。静岡・浜名高から03年に柏に入団。06年に新潟に移籍し、07年に日本代表に初招集される。10年W杯南アフリカ大会ではカメルーン戦に途中出場。同年8月にフライブルク(ドイツ)に移籍し、12年に新潟に復帰。13年名古屋移籍を経て、17年に3度目の新潟入団。187センチ、78キロ。