フィギュアスケートでアイスダンス転向を電撃表明した男子の宇野昌磨さん(28)と女子の本田真凜さん(24)が22日、都内で会見し、決意表明した。
今春、世界の最上位層が拠点とするカナダ・モントリオールで約2週間、トライアウトを実施。その時に収録した「トヨタイムズスポーツ」の取材動画が会場で紹介され、それぞれ、主に次の通り語った。
主な本田さん収録コメント「2人で滑っている時に『オリンピック出ようよ』みたいなことを昌磨君が言って、全然、何のことか、何の話だかって感じだったんですけど、本当に真剣な表情で。まさか、っていう感じだったんですけど、自分の中では20年、現役生活をやってきて、楽しいことも苦しいこともスケート。引退する時に2度と、この競技に戻ってこないという気持ちになるまで、やり切った。その後、昌磨君の完璧なキャリアに自分が入っていくことの勇気、覚悟を持ち切った上でやらないといけない。オリンピックを目指したいです、と言うことの怖さも理解していたので、覚悟を持つまでに時間が必要でした。ただ、昌磨君の思いを傷つけないように、食らいついていかなきゃな、と。そこから映像を見たりアイスダンスの勉強をしたりして、一緒に目指したいです、という気持ちを伝えた感じです」
「昌磨君が1人で滑っている時の120%くらいで動く姿がすごく好きで、それを2人で滑っている時も120%を、どうしたら私が出せるんだろうと。力強い動き、スピード感とか、本当に気にせず全力でやってほしい。基礎の練習の時からスピードに付いていけるように、何なら超えていけるように、と思って、なるべく昌磨君がこのままで全力でできるように、今は意識しています」
宇野さんのアンサー「すみません、まず自分の話からいいですか。2人ともなんですけど、これは24年の10月に決めていたことだったので、皆さんにも競技のことは避けて話すようにしていて。決まってはいるけど、いろいろあるので、公には言えないし、という中でのインタビューだったので。1を聞かれたら10を答える中で。真凜はいろいろ言ってくれましたけど、シングルの結果は素晴らしいもの残せたと思いますし、あるからこそ、アイスダンスでも自分の方が長けていると捉えられることもあると思うんですけど、見る人が見れば分かるぐらい、そんなことはなくて。どれだけ真凜がすごいか僕が一番知ってるし、みんなにより伝えたい」
「真凜は、僕の良さをなくしたくないと言ってくださいますけど、僕は、真凜の良さを少しでもみんなに見てもらいたい。そういう思いから、このアイスダンスに誘うという決断に、間違いなく至ったので。少しでも、その良さを明確に伝えられるように、パートナーとして日々努力しなければ。どれぐらい真凜が、シングル時代から努力してきたか。僕たちの方は分かっているけど、皆さんには見える場でしか…。分かりやすく言うと、僕がゲームしている時間もアイスダンスについて勉強してくれているんです。これが一番、伝わると思うんですけど…」
本田さん「してください(笑い)」
宇野さん「あ、すいません(笑い)。それぐらい本当に、僕から誘わせていただきましたけど、やると決めてくださってから、覚悟というか、僕もその覚悟に負けないつもりではいるんですけど、その熱量に負けじと努力して行ければなと思います」
宇野さんは18年平昌、22年北京の両オリンピック(五輪)に連続出場し、団体も含めて当時日本勢最多のメダル3個を獲得。世界選手権も日本男子初の2連覇を遂げた。本田さんは16年世界ジュニア選手権を制した実績がある。22年には交際中であることも公言。本田さんは24年1月、宇野さんは同5月に現役引退し、プロ転向後は宇野さん座長・プロデュースのアイスショー「Ice Brave(アイスブレイブ)」でアイスダンスのナンバーも披露していた。
この日、午前7時にそろってインスタグラムを更新し、転向を表明した。「この度、宇野昌磨と本田真凜はアイスダンスチームを結成し、新シーズンより競技へ挑戦することを決意いたしました」などと共同投稿していた。
◆宇野昌磨(うの・しょうま)1997年(平9)12月17日生まれ、名古屋市出身。愛知・中京大中京高から16年に中京大進学。同年4月に国際スケート連盟(ISU)公認大会で史上初の4回転フリップ成功。五輪の個人は平昌で銀、北京で銅。159センチ。血液型B。
◆本田真凜(ほんだ・まりん)2001年(平13)8月21日生まれ、京都市出身。12年の全日本ノービス選手権B(満9~10歳)を当時の歴代最高スコアで制覇。16年の世界ジュニアは初出場優勝。大阪・関大高から青森山田高へ編入。明大ではテレビキャスターやCM出演もこなした。家族は両親と姉、兄太一さんと妹2人で、姉以外の4人がスケート経験者の一家。161センチ。血液型A。


