ラグビー「リーグワン」1部クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(東京ベイ)のSO岸岡智樹(26)が、ピッチ外で新たな挑戦を始める。21年から地域格差の是正を目標とし、全国でラグビー教室を開催。4年目も継続し、同時にコーチプロジェクトを立ち上げる。

目的は「コーチがいない大学ラグビー部に適切なコーチングが受けられる機会の提供」と「コーチング場所を求めるコーチに対するコーチング機会の創出と実践経験獲得」。プレー、社業との“三刀流”で準備を進める男に、思いを聞いた。【取材・構成=松本航】

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その情報は、岸岡の“常識”に当てはまらないものだった。

2023年。リーグワンのオフシーズンに全国14カ所をめぐり、622人の小中学生と接した。準備から実施に至るまで、ともに歩んだのが学生インターン生。その1人が国立の福島大ラグビー部で主将と主務を務める学生だった。

チームは東北地区大学リーグの1部下位。大学から競技を始めた部員もおり、練習試合や合宿地も学生が電話で調整する。

大阪・東海大仰星高(現東海大大阪仰星)、早稲田大で日本一をつかみ、世代のトップを歩んできた男は夢中で話を聞いていた。

「彼らも今の環境が決して不満なわけではない。自分たちで全てをやることは、社会に出た時に生かされます。一方で『(整った環境が)あるかないか、だったら、あった方がいい』という話も聞いていました」

着目したのはコーチングだった。指導は部員間で行い、プレーとの両立ゆえに質が高いとはいえない。ラグビー教室で全国を回りながら地域格差と向き合い、懸念点を見つけていた。

「2019年に日本で行われたW杯を見て、ラグビーを始めた小学生が、8年後あたりに大学生になる。強豪校以外の大学の環境を今から整えることができれば、進学した高校生がラグビーを続ける時の受け皿になるのではと思いました」

2024年に入って新プロジェクトを始動。参加校を募る過程で、福島大(福島医科大、日大工学部、山形大も参加)に加え、地区対抗関東2区で国立の信州大が手を挙げた。秋のリーグ戦は茨城が開催地で、バスではなく、部員同士で車を乗り合わせて遠征することも驚きだった。関西大学リーグ2部で国立の京大にもフルタイムの指導者がおらず、3大学がコーチング機会を希望した。

次に目を向けるのは「コーチング場所を求めるコーチ」だ。募集定員は各会場12人で、5月17日まで受け付ける。大学生に向けた現場でのコーチング前と後に各3度のオンラインプログラムを設定。講師はJRFU(日本協会)S級コーチの教仙純司氏、そして岸岡自身が務める。岸岡も現役選手でありながら、2023年にJRFUのB級コーチの資格を得ていたという。

「周りからは『どうしたん?』と驚かれました」

リーグワン開幕が近づいていた2023年9月。埼玉・熊谷ラグビー場で1泊2日の講習会を受けた。28人の参加者のうち、現役選手は1人。きっかけはラグビー教室を行うため公営のグラウンドを利用する際に、事前に指導者資格の有無を問われるケースがあったことだった。疑問も持ったが、矢印を自分に向けることで「資格を取っていないことで、子どもたちの機会損失になるのは良くない」と受講を決めた。

熊谷での講習会は普段、関東圏で小中学生にラグビーの指導を行う受講者が多かった。講師には顔なじみもおり、会話は自然と弾んだ。

「僕にとってチャンスでもありました。B級コーチの講習会だからこそ、同じラグビー界にいても、普段接する機会が少ない方と交流できました。これがA級や、S級になると、受ける方の“層”も固まってきます。実際に足を運んで参加させてもらい、知らない部分の気づきがありました」

今季のリーグワンでは元オーストラリア代表SOバーナード・フォーリー(34)が不在の間に司令塔の定位置をつかんだ。復帰後も途中出場からSOやSHをこなし、12試合連続出場中と奮闘する。社員選手として慌ただしい日々を送りながらも、頭を常に回転させる。

「コーチ資格の資料に『プレーヤーズ・センタード』という言葉が出てきます。選手が一番上にいる『プレーヤーズ・ファースト』ではなく、中央にいる選手を指導者など家族などが囲んでいる状態です。今回のプロジェクトを受けるのは、リーグワンを目指す学生ではない。彼らがいかにラグビーを楽しみ、生涯スポーツに置いてくれるのかも肝になります。今は『プレーヤーズ・センタード』について考えているところです」

自身は世界的指導者のフラン・ルディケ・ヘッドコーチ(56)が率いる集団で、日常的にコーチングを受けている。

だが、そのまま国公立大学の大学生に落とし込むことが正解ではないだろう。

「今回、手を挙げてくれたコーチとは最初、この話題から入ろうと思います。普段の指導の現場、それぞれのキャリアで考えていることが絶対に違う。その意見交換だけでも、意義があると思います。コーチ同士でも一緒に考えて、つながりを持つ。僕たちがトピックを持ってきて、S級コーチ(教仙氏)の考え、現役選手(岸岡)の考え、参加してもらうコーチの方の考えを重ねて、熱量高く進めていきたいですね」

10歳で出合ったラグビー。魅力あふれる競技を、多角的に見つめる日々は続く。