名古屋遠征の機会に、闘将・星野仙一の墓に参った。03年の優勝当時、虎番キャップとして連日、取材。監督勇退後も仕事でも個人としても付き合わせてもらった。「ご無沙汰して申し訳ありません。監督の愛した阪神は頑張ってます」…。そう手を合わせてきた。
その03年は金本知憲、伊良部秀輝といった移籍組に今岡真訪、桧山進次郎の生え抜きが相乗効果を起こしての優勝だった。さらに忘れられないのは星野ならではのアイデア起用だ。
この年、開幕4番は若い浜中治だった。だがその浜中が早々に右肩を負傷し、4番が不在となった。そんな同年6月3日の中日戦(倉敷マスカット)だ。星野はここで当時、すでに「代打の神様」になっていた当時37歳のベテラン八木裕を、突如、4番に抜てきしたのである。
八木が倉敷出身であることを考慮しての起用でもあったが、これがはまった。八木は5打数4安打5打点の活躍を見せ、快勝につなげたのだ。「4番以上の4番や」と褒めた星野だったが喜んだのは結果だけではない。前述したように何より、その相乗効果がうれしかったのである。
「阪神は生え抜きが頑張らなあかん。桧山とか今岡とか。八木もな。それでなければ補強した意味がない」。のちにそう語ったように、新戦力によって従来の選手の潜在能力を引き出していく。星野の狙いはそこにあった。
そして、この日だ。指揮官・岡田彰布は1つの決断を下す。第2次政権の就任以来初めて大山悠輔をスタメンから外した。日本一に輝いた昨季から今季ここまで、ほとんどすべてで4番として起用していた大山である。前日は佐藤輝明を登録抹消しており、それに続いての“大ナタ”だ。
代わりに4番にすわった原口文仁がダメ押しの1号3ラン。岡田にすれば大山不振による“苦肉の策”だったが、思えば原口の初アーチも16年5月4日のナゴヤドームだったし、不思議な感じはする。
大山にも、佐藤輝にも早くスタメンに復帰してほしい。だが言うまでもなくチームはレギュラーだけではない。「ベンチにいる限りはなあ。そういうことやろ」-。岡田は「全員野球」について、そんな表現をした。レギュラーも控えも若手もベテランも、全員が力を合わせてこそ連覇への道は近づく。それは間違いないことだ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)




