東芝ブレイブルーパス東京(BL東京、リーグ2位)が、前身のトップリーグを含めて14季ぶり6度目の優勝を飾った。

2季ぶりの頂点を目指した埼玉パナソニックワイルドナイツ(埼玉、同1位)を下し、強豪の復活を証明した。

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国立のピッチで、BL東京を愛する若手が喜びを分かち合った。

20年度入団のフランカー佐々木剛、SH杉山優平、WTB桑山淳生、途中出場のCTB真野泰地は、それぞれの場で体を張り続けた。真野は「(チームの)絆の深さで勝利に傾いたところがあると思う。これをつないでいきたい」と誓った。

入団時は栄華と程遠かった。前身は2000年代に黄金期を築いた東芝。その面影は消えていた。

16年度から9位、6位、11位…。17年に現役引退し、採用担当に就いた望月雄太氏(42)は、某大学の監督にかけられた言葉を忘れない。

「そんなに頑張るな。いずれ東芝はなくなる。お前が疲れるだけだ」

己への愛情と理解しつつ、発奮した。

自身は前回優勝した09年度決勝にフル出場。常勝軍団の中心にいた。ジャージーを脱ぎ、手探りだった採用1季目の17年。いきなり翌18年度入団予定の全3選手から辞退を伝えられた。

東芝の1兆円規模の赤字が報じられていた。資料を用い、本社の支援を説明しても漂う低迷感。チーム内外を変える、若きリーダーの必要性を感じていた。

その夏の長野・菅平でのU20(20歳以下)日本代表合宿。他チーム関係者はいなかった。主将決定前の代表チームを自然と引っ張る男に「彼だ」とほれ込んだ。

東海大2年だった真野。4年になるまで進路に悩み、5チームを見学して「お金(給料)じゃなく、ファミリーで勝つ雰囲気があった」と東芝を選んだ。

20年度入団組は、真野だけでなく筑波大の杉山、大東大の佐々木、京産大の伊藤と4人が主将。BL東京が合宿する鹿児島出身、早大の桑山淳らも加わった。

今季は真野がDFリーダーを担った。慶大で主将を務めた22年度加入のフッカー原田衛は副将として、リーチ・マイケル主将の故障時のまとめ役を務めた。チーム内の雰囲気を変えた若きリーダーの存在は、大学生が抱く印象も変えた。

採用の指針には、低迷期も常に“東芝っぽさ”を置いた。望月氏は「愚直でタフ。それがなければ、うちを好きにならない。好きでなければ熱意がなくなる」とこだわった。

酒席も、練習も100%。苦労を重ねながら、常勝の残像を追いかけた。

“東芝っぽい”男たちは結束し、14季ぶりの頂に立った。【松本航】

◆望月雄太(もちづき・ゆうた)1981年(昭56)8月21日、神奈川・秦野市生まれ。桐蔭学園高、同大を経て、04年に東芝入団。前回優勝の09年度決勝は大野均氏と両ロックを組む。日本代表7キャップ。17年に現役引退して採用担当。現役時は184センチ、102キロ。