【ニース=松本航】 日本代表(世界ランク14位)がイングランド(同6位)から歴史的勝利を逃し、11戦目で初勝利とはならなかった。前半は9―13の4点ビハインドで折り返すも、後半に3トライを献上。突き放され、日本はSO松田力也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)のキックによる12得点でノートライに抑えられた。
いきなりの苦境を全員で脱した。開始40秒、FBセミシ・マシレワ(花園近鉄ライナーズ)がインゴールノックオン。相手ボールの自陣5メートルスクラムをぴたりと止め、SOフォードのPGによる3失点にとどめた。7分にはマシレワの故障でレメキ・ロマノラバ(NECグリーンロケッツ東葛)が途中出場。不測の事態が続いても、同15分、連続攻撃から好機を見いだし、松田のPGで同点に追い付いた。
過去10戦全敗の強豪を日本の土俵に引き寄せた。同23分に松田のPGで逆転。トライ、PGで追う展開となっても、松田が冷静にPGを決めた。前半は9-13。フランスの港町で歴史的勝利への期待が高まった。
後半に入り、最初の得点は日本。14分に松田のPGで12-13の1点差まで迫った。しかし直後の16分にトライを許すと、同26分には自陣ゴール前で巧みなキックパスから再びトライを献上。日本は交代カードを全て切って反撃を図ったが終了間際にもトライを奪われ及ばなかった。日本は攻め込む場面はありながらも、前後半通じてトライを奪えなかった。
試合後、この日の日本の全得点をキックで挙げた松田は「プラン通り、自信を持って出来て、後半いいペースを持ってやろうというとこで、反則とペナルティーのところで返された。この負けをいかして、全員で準備して、しっかり最高の準備をしたい」と悔しさをにじませながらも、次戦サモア戦へ気持ちを切り替えた。ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HD)は「よくやったと思います。たくさんのチャンスがあったと思いますが、プレッシャーがかかってしまった。60分は良かった。ただ、チャンスを生かすことが出来ませんでした」。この試合から復帰した主将、NO8姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)は「正直、イングランド相手に悔しい。準備を出せた部分も、出せなかった部分もあった。ただ大事なのは、下を向く時間はないということ。サモア、アルゼンチンに向かっていかないと。チームをそうしていくことが、キャプテンとしての仕事」と前を向いた。
初めてイングランドと対戦してから、52年がたった。1971年(昭46)、大阪・花園ラグビー場と東京・秩父宮ラグビー場に迎えた2連戦。秩父宮で戦い、3-6で敗れた一戦は日本ラグビーの語り草となる。
ジャージーの左胸にある桜のエンブレム。1930年代の代表結成時はつぼみ、半開き、満開の桜だった。
満開となったのは1952年(昭27)、戦後初の代表戦として英国の名門オックスフォード大を日本に迎えた時だった。73年10月の英国遠征(ウェールズ、イングランド戦)前、つぼみのジャージーを手にした元代表監督の大西鉄之祐氏が「これが、なぜつぼみか分かるか? 先輩方は『(ラグビーの母国である)イングランドと戦う時に満開にしよう』という思いだった」と選手に説いたとされる。
2023年9月。ラグビーの母国イングランドに対し、戦前から日本はひるまなかった。10日のチリ戦で右膝を痛めたプロップ具智元(コベルコ神戸スティーラーズ)は足をひきずりながらも「すごく楽しみ」と出場だけを見据えた。CTB中村亮土(東京サントリーサンゴリアス)は「しっかり勝ちにいき(勝利の)勝ち点4を取りたい」と言い切った。15年に南アフリカに勝利し、19年は過去最高の8強。積み重ねてきた自信を全員が信じ切った。
次戦は28日(日本時間29日)にトゥールーズでサモア(同11位)と戦う。日本が示す桜のプライドは、この日限りではない。




