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第394回    市川染五郎  
2003.12.28付紙面より

市川染五郎
写真=第一印象は普通の好青年という感じでしたが、レンズを通して表情を追っていくうちに1つ1つのしぐさが、ものすごくしなやかに見え始めました。特に指先の作る表情のようなものが脳裏に焼き付けられました。
(撮影・外山哲司)

歌舞伎でタイタニック

 7代目市川染五郎、30歳。わずか14歳の若さで「ハムレット」に主演した早熟の歌舞伎界のプリンスは、歌舞伎を主戦場にしつつ、歌舞伎以外の舞台やテレビドラマにと戦いの場を広げている。今年は「永遠の自分の味方」という園子さん(30)を妻に迎えた。端正な顔立ちながら、何事にも果敢にチャレンジする高麗屋のDNAを受け継ぐ染五郎には04年も、映画や脚本にと新しい挑戦が待っている。


疑問共有で自信

 小学生のころ、小さな挫折を経験した。学芸会の「夕鶴」で、ある文章を読んで一番拍手の多かった子が与ひょう役をやることになったが、自信を持って臨んだのに、クラスの友達に与ひょう役をとられたことがあった。5歳で歌舞伎座の舞台に立った根っからの舞台の子は、悔しくて、本気で泣き崩れたという。その後、染五郎を襲名した14歳の少年は史上最年少で「ハムレット」を演じた。初めての他流試合だった。

 染五郎 子どものころは舞台に立てるだけで、うれしかったし、満足だった。でも1つの芝居を1からつくり上げる過程を経験したら、演じる楽しさ、面白さを感じた。もっともっと、追求したいと思ったんです。

 父松本幸四郎(61)も染五郎時代にミュージカルに主演し、「ラ・マンチャの男」でブロードウェーの舞台に立った。冒険を恐れない高麗屋のDNAを受け継ぐ染五郎は、「ハムレット」の歌舞伎版「葉武列人倭錦絵」で英国公演を行い、劇団☆新感線とコラボレートした舞台「アテルイ」「阿修羅城の瞳」に主演。派手な立ち回りのロマン活劇で若い観客の人気を得た。年明けにはフジテレビ新ドラマ「プライド」(1月12日スタート、月曜午後9時)でSMAP木村拓哉と共演し、アイスホッケー選手役で出演。さらに、藤沢周平氏原作の映画「蝉しぐれ」に主演が決まっている。

 染五郎 ミーハー根性です。でも苦しくて、不安になるときもあるんですよ。ただ、疑問や率直に思ったことをぶつけていくと、それを共有できる人に巡り合える。それが自分の自信にもなっているんだと思うんです。で、やっぱり楽しいなってなるんです。1つ1つに意味があると思ってやっています。

 端正な顔立ちだが、やることは大胆。舞踊松本流の家元、松本錦升(きんしょう)として斬新な創作舞踊を踊ったこともある。興味のあることは、どん欲にこなす。しかし常に自分を見つめる冷静な目は失わない。「典型的なAB型」と自分を分析する染五郎は、計画を立てるのが好きという。人生計画も、頭の中にある。

 染五郎 20代は基本的にミーハー、チャレンジ精神旺盛でいく。30代ではやりたいこと、思っていることを形にする。40代でそれが認められるようにする。50〜60代は趣味人になる。陶芸や写真だったり、豊かな心を持って生きる。30歳のいま、やりたいことが見えつつあるんです。


「外出」こそ健康

 30代で染五郎スタイルを確立する。そのためには、歌舞伎以外にも積極的に出ていこうとしている。しかし一方で「もう少し歌舞伎をやったらいいのでは」という批判の声も聞こえてくる。

 染五郎 歌舞伎だけをやっていれば偉いかというと、そんなこともない。1つの常識の中にずっといるのは、不健康だと思うんです。いろんな環境でいろんな人の刺激を受けて健康的になればいいと思うんです。

 はっきりと言う。歌舞伎を主戦場にしながらも、その中に収まりきれない30歳の等身大の染五郎がいる。

 染五郎 熱しやすく冷めやすいといわれるAB型の自分が、30年近く飽きずに歌舞伎を続けている。歌舞伎が好きなんだって、気づきました。演じることは、僕にとって「盾」なんです。自分の言いたいことや思いを伝える手段。だからこそ歌舞伎を分解、丸裸にして、(歌舞伎を)自分のものにしたい。そうじゃないと先は見えない。歌舞伎の伝統はすばらしいけど、伝統に降伏はしたくないんです。並び立つ新しいものをつくりたい。

 歌舞伎界きっての巨人ファン。今も元巨人の江川卓氏らと親交もある。小学校の時、野球部に入っていたこともあった。しかし、踊り、三味線、鼓のけいこが忙しくて辞めざるを得なかった。そんな少年が夢中になったのが、壁打ち野球だ。1人で壁に向かって投げ、打ち、捕る。時間があると黙々と壁に向かった。

 染五郎 自分で6チームつくるんです。選手の名前も考える。実況もつけるから、すごく忙しい。監督もいて、スコアブックもつける。優勝はもちろん、契約更改もある。打率、防御率をノートにつけていました。妄想オタクなんですよ。

 壁打ち野球に夢中になった少年が今、歌舞伎にない純愛ものとホラーを題材にして、自ら脚本を手掛けるつもりだ。頭の中で、構想は出来上がりつつあるという。

 染五郎 歌舞伎版「タイタニック」をやってみたい。初めて映画「タイタニック」を見たとき、これは歌舞伎になると思いましたね。「ラブ・ミー」って、僕が叫ぶんです。なぜかお家騒動の絡まない純粋なラブロマンスが歌舞伎にはないんです。音楽も考えていますよ。あとホラーをやってみたい。本は決めています。江戸川乱歩の「人間椅子」です。とにかく怖いものをやりたい。食欲がなくなるような感じ。あっ、お弁当が売れなくなっちゃうか。アハハハ。

 実にうれしそうに笑った。歌舞伎との闘いを楽しんでいるのが伝わってくる。


一家4人初共演

 新春は、「父子鷹」以来、約10年ぶりの出演となる時代劇ドラマで幕を開ける。テレビ東京系の10時間ワイド「竜馬がゆく」(原作・司馬遼太郎、来年1月2日午後2時放送)で、激動の幕末を生き抜いた坂本竜馬を演じる。

 染五郎 市川染五郎であるおかげで、すごいチャンスを与えられる反面、常に高い平均点を求められるプレッシャーを感じる。自分の中でも、「やるからにはやってやる」という思いがありますね。特に時代劇は、歌舞伎役者はできて当たり前と思われるので、ハードルも高くなります。

 今回のドラマに、高麗屋一家が華を添える。父幸四郎、姉松本紀保(32)妹松たか子(26)の一家4人がテレビで初めての共演が実現した。幸四郎は竜馬のよき理解者である福井藩主、紀保は竜馬の盟友の妻、松は竜馬を支援する女貿易商人として出演する。

 染五郎 父には、少し恩返しができるかなあと思います。父は信頼できる人で、僕を一番見て、見守ってくれている人。今回の共演はうれしいですね。自分にとっては、特別な存在です。


傍らに幸せ誤算

 11月26日、染五郎にはもう1人「特別な存在」が増えた。高校時代からの知り合いだった園子さんとの交際を実らせ、結婚した。かつて恋人とウワサされた寺島しのぶの失恋告白などで逆風に立たされた時期もあったが、沈黙を守ることで雑音を封じ込めた。

 染五郎 僕の30歳の計画に、結婚はなかったんです。でも、幸せな誤算です(笑い)。いま「歌舞伎」という言葉にこだわって行こうと考えたときに、そばにいた人が彼女です。家族以外で、いつでも自分の味方になってくれる人が、自分に必要なときに出会えた人。自然体で、無理のない人生を一緒に歩んでいきたい。

 歌舞伎界と無縁な世界から嫁いだ場合、独特の仕来りなどで戸惑うことが多いといわれる。

 染五郎 でも、だんなの仕事ぶりがいつも近くで見られるのは、役者の妻の利点ですよ。

 その声はたくましく、凛(りん)としていた。


“熱い人”

 妹で女優の松たか子(26) 兄はいつも忙しい。芝居をやり続けていたかと思うと、いつ準備していたのか本を出版したり、創作舞踊で“ぶっ飛んだ”世界を作りだしたり…。おそらく、私たち家族の中で一番忙しく動き回っているかも。でも本人は楽しそう。むしろ、その状況を面白がっているようにも見えます。きっと何かをたくらむのが好きな人なんでしょうね。最近になって、兄が“熱い人”であることを強く感じるようになりました。「竜馬がゆく」での共演は、とてもうれしく、ドキドキする経験でした。竜馬として現場にいる存在感がさわやかで、いい役者さんだと思いました。いつかまた共演できることを希望します!


 ◆松本幸四郎◆ 1942年(昭和17年)8月19日、8代目松本幸四郎の長男として生まれる。49年に6代目市川染五郎を襲名し、81年に9代目幸四郎を襲名。79年に日本芸術院賞受賞。


 ◆7代目市川染五郎(いちかわ・そめごろう) 本名・藤間照薫(てるまさ)。1973年(昭和48年)1月8日、東京生まれ。78年の歌舞伎座で松本金太郎で初舞台を踏む。同年NHK大河ドラマ「黄金の日日」でドラマデビュー。81年10月に市川染五郎を襲名。93年日本テレビ「父子鷹」で父松本幸四郎と共演し、97年三谷幸喜監督「ラヂオの時間」で初映画。フジテレビ「ブランド」TBS「ヨイショの男」や舞台「マトリョーシカ」などに出演。屋号は高麗屋。176・5センチ、70キロ。血液型AB。


(取材・平田淳)

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